「…大丈夫とりあえず落ち着いたわ。」

第12客室の寝室から出てきながら千早が言った。

城の客室だけあって、一部屋の作りもこっている。

リトレア達は客室の居間で座っていた。

「ありがとう。君が精神科医でよかった。」

軟らかく笑いながらリトレアは千早に礼を言った。

「いいんです。でも、それより私たちにも少しでいいから事情を聞かせてもらえませんか?せめて、何故彼女があんな風になってしまったのかを。」

ソファーに座っている夏南の隣に座りながら千早は問う。

「………。」

問われてリトレアは少し俯いたが、すぐに顔を上げた。

「彼女は…裏切られていたんだ。シャニーナにずっと前から。」

ぽつりぽつりと話し始める。

「シャニーナって…、シャルンティアレの女王の?」

「確か美癒ちゃんは、その女王様のこととても慕ってたんじゃ…。」

最初から驚いたリアクションをする二人に、リトレアは続ける。

「そう。でもシャニーナは違った。自分のことを慕い、自分の為ならどんなことでもできる美癒ちゃんにさんざん汚れ仕事をさせて、最後はバーサーカーの親玉に彼女の命ごと差し出そうとしてたんだ。

この国にバーサーカーの大群を向かわせ、滅びさせるための代償にね。…まぁ、親玉の方はバーサーカーの大群なんか向かわせる気はなかったみたいだけど…。」

続きを聞いて、二人の表情は一層暗くなる。

しかし、千早が口を開いた。

「でも…それは…確かな情報なんですか?いったいそれ、誰に聞いたんです?」

「見て…たかな?あの部屋に丈の短いドレスを着た女の子がいたの。その子はゼフィランサスの所に交渉に行った灯摩君たちが、彼の術で強制的にこっちに戻らされた時に押し付けられたバーサーカーの女の子らしいんだ。その子が話してくれた。」

千早は首を振る。

「バーサーカー!?…そんな…バーサーカーの言う事を鵜呑みにしてしまっていいんですか?もしかしたら、バーサーカーの大群が向かってきていないっていうのが嘘かもしれないじゃないですか!」

慌てた様子の千早に、リトレアは微笑んだ。

「大丈夫。全部完璧には信じてなんていないよ。でも、それが本当だっていう可能性だって無いわけじゃない。100%信じられる情報でもないから、対バーサーカー軍団の兵力準備も怠ってないつもりだよ。秋斗が今頃国民に避難勧告を出してるだろうし、打てる手は全て打ってある。それに…。」

ふいと美癒が寝ている寝室の方を向く。

「俺は、彼女が…美癒ちゃんが気がつき次第、シャルンティアレのシャニーナの所に行こうと思ってる。国をあけることは少し不安だけど、美癒ちゃんをあの女に直に会わせて本当のところを確認させてあげなきゃ。彼女には…もしかしたら酷な結果になるかもしれないけど。」

リトレアが言い終わると、その場には沈黙が流れた。

そんな中、夏南が立ち上がる。

そのまま一歩二歩と進み、寝室のドアに静かに触れた。

「……もし…その話が本当の本当だとしたら…。」

その手をぎゅっと握り締め、眉間にしわを寄せる。

「シャニーナ女王が…まだたったの15歳の小さな女の子をボロボロにしてまでアテナを滅ぼそうとする理由って…一体何なんだよ?いくらリトレア義兄さんと…リトレア王と嫌いあってるからって言っても…それじゃ。」

『……………。』

「…千早、春(しゅん)に連絡とれるかな?」

「え?」

しばしの沈黙の後、リトレアの口からでた人物の名に千早は驚いた。

「春義姉さんに?一体どうして…?」

「確か春たちは今、講演会の為にシャルンティアレに行ってるよね?俺もここ数年はシャルンティアレに訪れてないし、向こうの今の状勢とかを知りたいから…。

秋斗には兵たちを束ねて貰わないといけないから連れてはいけないし、もしもの時の為に護衛になってくれそうな人っていったら春たちくらいしか思いつかないからね。」

それを聞き、千早は携帯電話を取り出す。

「わかりました。多分この時間なら講演会も終わってるだろうし…出てくれればいいんだけど。」

呟きながら電話をかけ始める。

ドンドンドンドンドン!!!

そこへ物凄い勢いのノックの音が響いた。

「わ!何だよ?!」

「!!」

驚いて夏南が叫び千早は無意識に電話を切ると、次の瞬間には扉がバァンと開かれていた。

そこにいたのは先ほど千早がメイド達に預けてきた麻和と緒巳だった。

「お、お前等どうしてここに?メイドさんとこいたんじゃ…。」

「おとーちゃん!!たいへんたいへん!さっきおへやでおねーちゃんたちとあそんでたらさ、おとーちゃんのくるまにとうまにーちゃんたちがのってどっかいっちゃった!!」

「なんかねなんかね!?すっごくあせってたみたいだったよ!?パパおにーちゃんたちにおくるまかしてあげたの?」

二人の必死な言葉を聞いて、夏南は顔を青くする。

「な、何ぃ!?俺の車で!?」

ダイナミックに仰け反り、慌てて部屋から飛び出す。

「麻和!緒巳!来い!とーちゃんと一緒にあいつら追っかけるんだ!あの車まだローン残ってんだからな!?」

しかも両脇に麻和と緒巳を抱えてである。

「ちょ、ちょっと夏南!?…っもう…。」

千早が静止の言葉を発するが、既に間に合わなかった。

「はは…。夏南ってば、灯摩くん達が何処にいったのか知ってるのかな?」

見ながらリトレアはくすくす笑う。

そんなリトレアに、千早も苦笑いを浮かべる。

しかしふと真面目な顔になる。

「……リトレア義兄さん…。あの…美癒ちゃんの…話に戻るんですけど。」

「?」

搾り出すように言われた言葉に、リトレアも真面目な顔で振り向いた。

「…実は美癒ちゃんを寝かせる前にいくつか質問をしたりしてみたんですけど…。何かあの子、変なんです。」

「変って…?」

「はい。…まだはっきりと確信は持てないんですけど、もしかしたらあの子…多重人格なのかもしれません。」

リトレアは返事をする前に目を見開いて反応した。

千早は美癒の休んでいる部屋を見る。

「私がさっき彼女と話していたとき、彼女いきなり笑い出して…『自分は悲劇の天使だ。』ってほとんど息継ぎ無く騒いでたんです。声、聞こえませんでした?」

「…確かに…何かを美癒ちゃんが叫んでるのは微妙に聞こえてきてたけど…。」

「それに私が驚いていると、今度は突然大人しくなって『悲劇の天使なんて言わないで。』って泣き出したんです。まるでさっきまでの自分に反論するみたいに…。

それが暫く続いて、最後にはさっきまでの普通の美癒ちゃんに戻って…私に『ごめんなさい』って…。その後パタンと倒れて幼い子供みたいに眠り始めたんです。」

リトレアはその話に、眉間にしわをよせる。

「…それで…多重人格なんじゃないかって?」

千早は頷く。

「……でも…あくまでも一精神科医としての予想でしかないんですがね…。……ごめんなさい、変な話を聞かせてしまって…。すぐに春義姉さんに連絡しますね。」

しかしすぐにそう言って話を終わらせると、改めて電話をかけ始める。

リトレアは彼女の話を聞き、不安そうな顔で美癒の寝ている部屋の扉に目をやった。

「…………。」

そして黙ったまま、拳を力強く握り締めた。




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