「ハァ…ハァ…ハァ…。」

長く続く廊下に、ウィンリアとユーリンの苦しそうな吐息の音が響く。

「お父…さん…待って…しんどい…ハァ…ハァ…。」

同じペースで走っているとはいえ、大人の男性と少女には明らかに歩幅の差があった。

先の方を走るドルリアにウィンリアが苦しそうに訴えると、ドルリアはチラリと後ろを見て立ち止まった。

「……どうやら、追いかけては来てないようだな…。」

言われてウィンリア達も後ろを見る。

彼の言う通り、降魔達は三人を追いかけてきてはいなかった。

「だからこそ急がないと…!国王様と喜癒くんが心配です!」

ユーリンが荒い息を整えながら言う。

彼女の言葉に、ドルリアは頷いた。

「あぁ。いくらリトレアでも、長時間の戦闘を続ければ疲労は半端じゃないだろうしな…。」

心配そうに言い、辺りを見回す。

「………!!伏せろ!!!」

しかし次の瞬間、ドルリアは二人を庇うように覆い被さりその場にしゃがませた。

『きゃあ!!』

同時に三人の頭上を黄色い円盤状の何かが物凄い音を立てて飛んで行った。

「―――――っ今のは…!?」

「!!あれは!!」

何事かと目を見開くドルリアの影で、ユーリンはその黄色い物体に見覚えがある素振りを見せた。

黄色い物体はひゅんひゅんと彼女達の上空を飛行したあと、廊下の向こうの方に飛び去っていった。

「………出て来なさい!!バーサーカー!!!」

立ち上がってユーリンが叫ぶと、黄色い物体が帰っていったほうから誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

足音の主は、あの黒服のバーサーカー・ジキタリスである。(もっとも、ユーリン達は彼女の名前を知らないが。)

ジキタリスは手に持っている三日月付きのロッドをくるくると回して、鋭利な部分をこちらに向けて構えた。

「また会ったわね、お嬢ちゃんたち。」

フフフ…と笑い、髪をかき上げる。

「あんまり身構えないでいいわよ。私は今日は貴女達に用事があるんじゃないもの。美癒…という子がこの城に来てると思うけど、何処にいるか教えてくれないかしら?」

そしてキョロキョロと辺りを見回す仕草をする。

「…っ誰があんた何かに!!とっととお城から消えなさいよ!!」

その様子に苛立ったウィンリアが叫ぶ。

ジキタリスは肩をすくめた。

「…な〜によ。キーキー騒いじゃって、もう少ししおらしさってのを持ったらどうなの?そんなんじゃ男が寄り付かないわよ?」

「―――っ!!!んですってぇ!?」

ジキタリスの一言に、たまらずウィンリアは向かおうとする。

しかしそんな彼女をユーリンは必死に押さえた。

「ウィンリア!!あんな子の挑発にのっちゃダメよ!!」

「でも!ユーリン!!」

止めてくるユーリンの腕の中で、ウィンリアは必死にもがく。

「ウィンリア!!やめなさい!」

ドルリアはウィンリアの肩を押さえ、落ち着かせる。

そんな悶着を見ていたジキタリスの手から、ロッドが離れてカランと倒れる。

突然響いた音に、三人は何事かと視線を向ける。

見ると、ジキタリスは目を見開いて震えていた。

「……何よ…?」

ユーリンとドルリアに押さえられた状態のままでウィンリアが問う。

すると、ジキタリスはスイッとこちらに人差し指を指して来た。

「今…あんた、何て言ったの…?」

「…え?」

その指は心なしか震えている。

「ユーリン…?…あんたがユーリンだったの…?」

「!!」

名前を呼ばれ、ユーリンは目を見開いた。

ジキタリスは落としてしまったロッドを拾いなおし、ユーリンに向くように構えた。

「私がユーリンだったら…何かあるの…?」

明らかに殺気はユーリンに向けられている。

その眼には確かな憎悪の色が見える。

「前に会った時…言ったでしょう?貴女は私がこの世で一番恨んでいる人間に似すぎてるって…。似てて当然よね、まさか貴女が本人だったなんて…。」

言いながらクルクルとロッドを回転させ、両手で握り締めた。

「……私の名はジキタリス!!あんたを…ユーリン・メイヤードを殺すために咲いた…一輪の毒草!」

『!!!』

そう叫び、ジキタリスはユーリンに向かってくる。

「下がっていなさい!!」

ジキタリスからユーリンとウィンリアを護るように、ドルリアが前に飛び出す。

「どきなさい!!」

ユーリンに向かう前の障害になったドルリアに、ジキタリスは躊躇うことなくロッドを振り下ろした。

「お父さん!!」

「バーンズさん!!」

ジキタリスの勢いに、二人は顔を真っ青にする。

しかし、彼女のロッドは空を切っただけであった。

「!」

今まで自分の目の前にいたドルリアの姿が消えた事に驚き、ジキタリスは辺りを見回す。

けれどドルリアの姿を捕らえる事はできない。

「…これは君から仕掛けたことだからな。」

「っ!!」

下から聞こえてきた声にジキタリスが気付いたと同時に、しゃがんでいたドルリアは彼女に足払いをかけた。

傾く体のバランスを取ろうと、ジキタリスはロッドを床にたてる。

しかしすぐに立ち上がったドルリアにロッドも蹴られ、その場にバタンと大きな音を立てて倒れる。

「くっ…!!」

思ってもいなかった事態に、ジキタリスはドルリアを睨んだ。

対してドルリアは冷静な顔でジキタリスを見る。

「…お父さん…。」

横で見守るウィンリアは、正直驚いていた。

普段はほのぼのとしていていつでも優しい父親が、目の前で見たこともない速さで戦闘をし、しかも武器を持っていた自分達でもてこずった相手と対等に戦いあまつさえ押しているのである。

驚かない方がおかしいのだ。

「っんの…!!」

ジキタリスは素早く手を伸ばし、ロッドを手に持つとドルリアに向かって振った。

ドルリアはそれも素早く避けて、壁際へととんだ。

その瞬間、ドルリアの脳裏に後悔がよぎった。

一瞬ではあるが、ジキタリスが狙っていたのはユーリンであったことを忘れてしまっていたのだ。

ジキタリスはその隙を見逃さず、ユーリンに向かって走る。

「あんたを殺す!!死ね!!ユーリン・メイヤード!!!」

「――――っ!!」

とっさにユーリンを庇うように前に出たウィンリアも、彼女のロッドによって張り倒される。

その流れのままジキタリスはユーリンにロッドを振り下ろした。

ドルリアは急いで走るが、間に合う距離ではない。

そして次の瞬間、ロッドが空気を切る音が響いた。

けれどその後起こるはずであったユーリンにぶつかる音は響かなかった。

その代わりにキィンという金属がぶつかる音がした。

「!!………また…貴様か…!」

ジキタリスの視線の先には利羅がいた。

彼の手には暗器が構えられている。

「へっ。また会ったな、黒服女!!」

刃先をジキタリスに向け、利羅はニッと笑った。






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