一日はあっという間に幕を閉じた。

三人はたこ焼きを食べたあと、洋服屋や雑貨屋を巡り最後は城にやってきていた。

それと言うのも、大事なお披露目の会の前日に神子に何かおきないようにする為に護衛が必要であったからだ。

灯摩とウィンリアも護衛班に入っている。

三人はリトレアと秋斗に迎えられ、食事を済ませた後それぞれの部屋に入った。

その際喜癒がどうしてもとせがんだので、灯摩は喜癒と同じ部屋になった。

部屋に戻った喜癒と灯摩は、暫くの間取り留めのない話をしていた。

そんな中で、話題は両親の話になっていった。

「そうなんですか。灯摩さんにはお父さんがいらっしゃらないんですね。」

しゅんとして喜癒が言う。

「すみません。そうとは知らずにお昼は大はしゃぎしちゃって…。」

「ううん。いいんだよ。気にしてないし、喜癒くんが気にすることないよ。」

優しく言い、微笑んでみせる。

「それに父さんって言っても、俺が三歳の頃に死んじゃったからあんまり顔覚えてないんだよな…。弘志(こうし)兄ちゃん…あ、俺の沢山いる兄弟の中で二番目に大きい兄ちゃんがいるんだけど、父さんの記憶はほとんどその弘志兄ちゃんの受け売りだし…。」

「…そうなんですか…。」

フォローのつもりが逆にへこませてしまう。

「…あ!でもお母さんはいらっしゃるんでしょ!?」

喜癒が話題を母に変えるが、それは灯摩にとっては最も触れてほしくない所であった。

「……あの人のことは、俺自身も分からないんだ。俺を産んだ後勝手にいなくなったみたいで。正直…あの人を母さんとは呼べないしね。」

「…あ……。」

喜癒はしくじってしまった自分を心から恨み、押し黙ってしまった。

灯摩もまた、それ以降喋らなくなった為、今まで楽しかった部屋の雰囲気は一気に暗くなってしまった。

外では虫が鳴いている。

その中に所々衛兵の歩く音が響く。

普段と違い、嫌な雰囲気の夜であった。

「……もうすぐ…12時だな。」

ふと灯摩が柱時計を見て呟いた。

「…はい。もうすぐ僕の神子としての生活が始まるんです。ルシフェル様が決めてくださった明日という日から。」

「ルシフェル?」

灯摩は怪訝そうな顔をする。

「はい。数日前僕がまだ神子に決まっていない日の夜、僕の夢の中に黒く輝く天使様が現れました。天使様は自分はルシフェルだと名乗られました。そして僕に言ったんです。

”我が僕(しもべ)の少年よ。お前は明日神の子の地位を得る。そして次の新月の晩、お前は我が力を手に入れる。お前の心が我が心と同じ力に満ちた時、お前は私になり私はお前になる。”と。

きっと天使様のお告げなんです。現にその翌日、僕は神子に推薦されたんですから。」

喜癒の話を聞き、灯摩は俯く。

「お告げ…か…。それでもうすぐ来る明日の昼にお披露目会ってことになったのか。今日が新月の夜だからな。」

そう言い外の空に目をやる。

時計は11時55分を指した。

…その瞬間。


ガシャーンッッッ!!!



灯摩たちの隣の部屋。

今はリトレアとウィンリアがいるであろう部屋からガラスの割れる激しい音が響いた。

「!?何だ?!」

明らかな異変の雰囲気に、灯摩は立ち上がり片割れに置いていた剣をとる。

喜癒は驚いてそんな灯摩にしがみ付いた。

「な・何ですか?!今の音!!ウィンリアさんと国王陛下は?!」

喜癒の台詞を聞き、灯摩は隣の部屋にウィンリア達がいることを思い出した。

「喜癒くんはここにいろ!!見てくる!!」

灯摩は喜癒を残し、急いで部屋を出た。

「!!ウィンリア!!」

そして部屋を出たすぐ外で倒れているウィンリアに気付く。

ウィンリアは肩に傷を負っていたが、幸い出血量は少ない。

「ウィンリア!?大丈夫か?!」

灯摩は彼女を抱き起こす。

「……っ…。灯摩ちゃん…。」

「何があった!?誰にやられたんだ!?」

灯摩の質問に、ウィンリアは答える変わりに自分達のいた部屋を指差した。

「…おじさんが…リト…レア…おじさんが…、まだ…中に!…いきなりで…分からなかったけど…きっと…バーサーカ…。」

必死にそう訴える。

「早く!リトレアおじさん、きっと…やられちゃう…!」

しかし灯摩は落ち着いて、彼女を抱き上げた。

「俺たちの部屋で、喜癒くんと一緒にいろ。絶対に外に出るなよ!?」

今出て来たばかりの自分達の部屋の扉を開け、驚いている喜癒に目で頼むと訴えてから灯摩は再び部屋を出た。

ウィンリアに必死に訴えられたにしては灯摩は冷静で、様子を窺う様にリトレアがいるであろう部屋に近付く。

ウィンリアが部屋から出た時に出来たのであろう扉のスリットから中の様子を覗く。

しかし中からバーサーカーの気配はない。

「灯摩くん、いるんでしょ?来て。」

その代わりに、落ち着いたトーンのリトレアの声が聞こえてきた。

その声に従い、灯摩は部屋に入った。

「!!リトレアさん!!」

そして入った瞬間に灯摩はリトレアの名を叫んだ。

灯摩の目に飛び込んで来たのは、手に拳銃を持ち何やら黒い物の屍を見下ろして立っているリトレアだったのである。

「この子、俺のことなめてたみたい。あっという間だったよ。」

リトレアは厳しい顔で振り返る。

普段は柔らかな雰囲気の彼が戦闘になると見せるこの厳しい顔は、灯摩や秋斗等ごく一部の者しか知らない。

「リトレアさん!こいつは一体…?!」

慌てて灯摩が駆け寄ると、リトレアは持っていた拳銃を腰につけていたホルダーに挿した。

「分からない。でも一つだけはっきりしてるのは、この子がバーサーカーじゃないってことだね。屍が消えないから。」

頬に散っていた血をグイッと拭う。

バーサーカーは倒されるとその体が消滅し、チップだけが残る物なのである。

「じゃあこいつは何なんでしょう…?もしかして、喜癒くんを狙って誰かが差し向けた怪物…?」

「そうかもしれないね。…やっぱり来ちゃったんだよ。」

リトレアが呟き、自分が時を止めてやった黒い物の屍をまじまじと観察する。

「俺が思うに、これは大昔に忘れ去られたとされてる交霊術の降魔だね。」

「降魔?」

「犬とか猫に悪しき者の魂を憑依させて怪物へと変える技術だよ。」

顎元に手を当て、説明する。

「そんなものを…一体誰が…。」

灯摩が呟くと、リトレアは灯摩の頭をツンと小突いた。

「それが分かれば苦労はしません!」

「あ、ははは。」

灯摩は頭を押さえて苦笑する。

「まぁ、一番考えられるのは喜癒くんに神子になってもらったら困る人の仕業だろうね。…とにかく、君たちの居た部屋に戻ろう。俺も喜癒くんと一緒にいることにするよ。ウィンリアちゃんは、喜癒くんのとこ?」

「はい。肩にかすり傷を負っていたので、ベッドに寝かせてきました。あいつ、この黒いのにやられたんですか?」

「ううん。間接的って言うか…。この子が飛び込んで来た時にたまたま窓の近くにいて、飛び散ったガラスで切っちゃったんだよ…。ウィンリアちゃん、突然だったからびっくりしちゃったんだね。」

歩き出すリトレアに、灯摩も続き部屋の扉を閉めた。

その直後に、置き去りにされた屍を誰かが持ち去っていったのだが、二人は気付く事ができなかった。

 



喜癒は灯摩がウィンリアを寝かせて再び出て行った後、彼女の頭に濡れタオルを乗せてあげてからずっと外の景色を窺っていた。

新月の月はその形を薄っすらとしか見せていない。

「……ルシフェル様…。もうすぐ…もうすぐ僕は…神子になります…。」

ふと口から漏れる言葉は、夢に出てきた黒い天使への報告の言葉。

時計はあと数秒で12時を指す。

喜癒は時計に目をやり、胸元に付けた十字架をきゅっと握り締めた。

「10…9…8…7…。」

時計の針に合わせてゆっくりとカウントしはじめる。

「6…5…4…3…2…1…。」

…――――0――――…。

とうとう時計は12時を指した。

その瞬間“今日”だった日が“昨日”になり、“明日”だった日が“今日”へと変わった。

そして…。

今まで“喜癒”だった者が“神子”へと変わっていた。

「……。ルシフェル様…。」

呟くと、彼の体がフワリと宙に浮いた。

その体の周りには風が舞い、彼を包み込むようにフワリフワリと動き始める。

時計の秒針が止まった。

目を閉じていた喜癒は目を開ける。

「…おいで、シャレム…。私と共に生きよう。」

彼の青かった瞳や黄緑色だった髪は真っ黒になり、声は少年の物から青年の物になっていた。

喜癒がその風に手を差し伸べると、風は一つの光となって喜癒の胸元の十字架に吸い込まれていく。

光が完全に無くなると、喜癒の体は再び床へと降りてきた。

「…しかし…キユはまだ幼い…。まだ…“私”になる訳にはいかない。」

喜癒に憑依している誰かが呟く。

「シャレム。…キユを…私を…護れ…。」

 

―――パキンッ!!!

 

途端に喜癒の体の周りで何かが割れる音が響き、喜癒は仰け反るようにその場に倒れた。

瞳も髪も元の色に戻っている。

今まで止まっていた時計も、再び動き始める。

ベッドに寝かされていたウィンリアは、気を失っているためそんな奇妙な現象が起きた事になど気付くことも無かった。

その為最初にその事態に気付いたのは、隣の部屋から帰ってきた灯摩とリトレアであった。

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

少しだけ話が動き始めました。

分かりにくかった方に説明させていただくと、喜癒くんはルシフェル様の御力を身体に宿したんです。

神子ってのはその為の子供なのです。

でも彼はそれまでの神子とはちょっと違うんですがね…。




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