「リトレアおじさ〜ん!!」

アテナ城の廊下をウィンリアは走っている。

彼女の視線の先にはリトレアがいて、こちらに気付いているらしくヒラヒラと片手を振っている。

「っは〜!!」

徐々に走るスピードを落とし、ウィンリアはリトレアの前で止まった。

「良かった〜。もう会議みたいなの終わってたんだ〜。」

「うん。さっき一段落ついたからね。……で、ウィンリアちゃん?何をそんなに急いでたの?」

キョトンとした顔で聞いてくるリトレアに、ウィンリアは少しバツの悪そうな顔をした。

しかし決心した様に一度深呼吸し、姿勢を整える。

「美癒が…帰っちゃった…。」

……………………時が止まる。

リトレアがどう返してくるかが怖くて、ウィンリアは少しびくついている。

対してリトレアは冷静な顔で溜め息をついた。

「……これで決定か…。」

最初に呟かれた言葉はそれだった。

「え…?決定って何が…?」

「あ、ううん。こっちの話。」

ウィンリアに問われ、リトレアは慌てて誤魔化した。

「それで…美癒ちゃんは何か言ってなかった?」

何かを詮索するように訊いてくるリトレアに、ウィンリアはう〜んと唸ってからポンと手を叩いた。

「明々後日の五時には絶対に家の中にいないと大変な事になるわよ…とか言ってたような気がする…かな?」

彼女の言葉に、リトレアは目を静かに閉じた。

そして胸の前で組んでいた手をほどき、後ろに回して右手をパチンと鳴らした。

「そっか。わかった、ありがとう。ユーリンちゃんと喜癒くんは?」

「あ、えっと…私と同じようにリトレアおじさんを探しに行ったから、今もお城の中歩き回ってると思う。…どうかしたの?」

リトレアのその行動を不思議そうに見つめていたウィンリアだったが、彼の質問には答えた。

リトレアはそれを聞いて、また「そっか。」と微笑んだ。

「なら、二人を見つけたら一緒に執務室まで来てくれるかな?聞きたい事があるから。」

言いながらその場を去ろうとする。

「え?それなら今聞くけど…。」

引きとめようとするが、リトレアは振り返って微笑んでからウィンリアの前から去った。

「…………。リトレアおじさん…何か変…。」

残されたウィンリアはポツリと呟いた。

――――――――――――――――――――――――――

ウィンリアと分かれたリトレアは、すぐに先ほどまで自分達が会議をしていた執務室に入った。

彼女と別れた廊下は、執務室に近い場所だった。

入ったところには椅子があり、そこにはドルリアが座っている。

「兄様、秋斗は行った?」

彼の向かいにある椅子に腰掛けながらリトレアは訊く。

「あぁ。すぐに車を飛ばしてシャルンティアレに向かうと言っていた。」

リトレアの質問にドルリアは返しながら、テーブルに置いていたカップに紅茶を注いでリトレアに差し出す。

「ありがとう。でも秋斗、あの“合図”だけで俺が一番して欲しい事行動に移してくれるんだから流石だね。あ、お砂糖とって兄様〜♪」

微笑みながら言うリトレアに砂糖を渡しながら、ドルリアは怪訝な顔をする。

彼はそっと手を伸ばし、リトレアの頭を2〜3度撫でた。

「わ、ちょっと兄様突然何?!その癖治してよ。俺もう小さな子供じゃないんだから。」

少し照れながら言うリトレアに、ドルリアは真面目な顔で向き合う。

「人に言えたことか。お前もその癖治ってないな。昔から余裕がなくなると無理に明るく振舞おうとするその癖。」

「っ!」

ズバリ指摘され、リトレアは息を呑む。

そして気まずそうに斜め下に目線を泳がせ、口ごもる。

ドルリアは自分のほうに置いていた紅茶を一口飲んだ。

「今この部屋には俺達しかいない。あまり無理するな。最近寝てないんだろう?」

流石は血の繋がった兄弟と言うべきか、ドルリアはリトレアのことをほとんど見透かしていた。

兄の言葉に今まで下を向いていたリトレアは、顔をあげて紅茶を飲む。

カップをテーブルに戻すと、今度は両手で顔を押さえる。

「…本当…兄様には隠し事できないよね…昔から。」

自分のことを笑うように震えた声でそう零す。

「…泣いてもいいぞ?………辛いんだろう?」

心配するように言うドルリアに、リトレアは顔をバッと上げてビシッと指を差した。

「兄様だって辛いんでしょ?わかるんだからね?!」

その言葉に、ドルリアは図星をつかれた様に目を丸くする。

リトレアはまた微笑んだ。

「…大丈夫だよ。辛くても泣かないって決めたから。国王としてこの地位に就いた時からずっと、そう自分に言い聞かせてきたんだ。俺はもう30過のおじさんだよ?自分が辛いからって、簡単に泣いていい年じゃないよ。」

どうみても20代前後にしか見えない容姿をしている彼だが、中身はちゃんとした大人である。

また紅茶を一口飲んで、リトレアはドルリアの顔を見た。

「そんなことより、今の問題を解決する方が大事だよ。あの美癒とかいう子、やっぱり裏がありそうだからね。」

その言葉に、今まで黙っていたドルリアが頷いた。

「あぁ。まぁ深く考えるまでもないがな。彼女はシャニーナ女王の命令で動いているに違いない。」

自分が心の中で思っていたことと同じ推測をするドルリアに、リトレアはくすっと笑った。

「やっぱり、そうとしか考えられないよね。この部屋に録音テープ仕掛けたりするなんて、ただ喜癒くんに会いたくてこっちに来ただけの少女がするようなことじゃないもん。」

リトレア達は、美癒が録音テープを仕掛けていた事にとっくに気付いていた。

「まさか今日帰るとは思わなかったけどさ。ふふ…あの嘘テープをどうするか見物だね。」

彼の台詞にある“嘘テープ”という言葉から、テープに気付いていた彼等がわざと嘘の情報をテープにとらせたことが分かる。

先程までの微笑とはちがう微笑みをうかべるリトレアに、ドルリアは苦笑いを浮かべた。





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