「ねぇ利羅くん。貴方何であの森にいたの?」

一方ウィンリア達は、利羅について話をしていた。

椅子に座っている利羅は千早に出してもらった茶をすすりながら、ん〜と唸ってみせる。

「あんな所に丁度よく通りかかるなんて、何か話が出来すぎてるような気がするのよね。助けてもらったとは言っても。」

付け加えて言うと、利羅は自分の中で話を整理するように頭の近くで人差し指をぐるぐると回した。

「っとな〜。まぁ、あそこでやられかけてるお前等見つけたのは本当に偶然だったんだ。何かやべぇ気を感じたから近付いていってみたら……って感じだったし。.」

立ち上がり、全員の中心に移動する。

「俺はもともと、シャルンティアレの女王に頼まれてアテナの国王の所に行く途中だったんだ。」

その台詞にまず反応したのはユーリンだった。

「シャルンティアレ?!あの大国の?!あの国の女王様って、確か…。」

「あぁ。アテナの国王とはあんまり仲良くないよな。でも何か緊急の用事だったみたいで、シャルンティアレの誇る隠密部族の中から俺が選ばれたんだ…。」

懐から手紙を取り出す。

「この手紙をアテナの国王に渡すために。」

ちらりと見せただけで、すぐにその手紙をしまいなおす。

そしてそのまま椅子に座りなおした。

「部族の中で一番優秀な俺が選ばれたって言ってたけど、多分他に目的があるんだろよ。女王には。何しろ欲まみれな傲慢女だから。」

自身が仕えているはずの女王の悪口を一つ零す。

「…貴方、本当にシャルンティアレの人なの?あの国って、王族への忠誠心が他の国よりも優れてるんでしょ?」

ユーリンがなお問う。

「お前何でそんなに突っ掛かってくるんだよ?どうでもいいじゃねぇかそんなこと。」

利羅が濁そうとするが、ユーリンは真剣な顔で利羅を見つめ続ける。

横で一緒に話を聞いているウィンリア達も同様だ。

全員にそんな顔をされるとさすがにたまらないのか、利羅は大きく溜め息をつき、

「俺たち隠密部族の住んでる地域は、本当はアテナ王国の領土だったからだよ。」

吐き捨てるようにそう答えた。

「あの傲慢女がアテナから無理矢理取り上げたんだよ。仲が悪いのもその所為。俺たちの世代はアテナ王国の王の顔は知らないんだけど、あの女王が言うには善人ぶった馬鹿オヤジらしくてよ。正直どっちの国についても、俺は王族は嫌いだね。」

ぐっと背伸びをしながら言う。

ここで彼本人には悪気はなかったのだが、そこにいた内の一人が彼の台詞に腹を立てていた。

「何ですって?!」

大声を出したのはウィンリアだ。

怪我の事も忘れ、すっくと立ち上がるとツカツカ利羅に近付き・彼の頭をポコンと叩いた。

「てっ!!」

突然叩かれ、利羅は訳のわからない様子で頭を押さえる。

「あんた!!今リトレアおじさんのこと馬鹿って言ったわね?!」

物凄い形相で利羅に突っ掛かる。

勿論利羅は彼女がアテナの王・リトレアの姪であることなど知らない。

「な…んでお前が殴るんだよ?!」

当然ながら怒りをあらわにする。

しかしそれ以上にウィンリアは怒っている。

「アテナの国王…つまり私のおじさんのリトレアおじさんは…善人ぶってなんかないわ!!」

その言葉に利羅は今度は呆然とする。

「…は?…おじさん……?」

「そうよ!私のお父さんの弟なの!!いい?リトレアおじさんは、本当にいい人よ?!そうでなかったら、今この国がこんなに平穏な訳ないじゃない!!あんたはまだ会ったことがないからそんなことが言えるのよ!!」

利羅のことなどかまわない様子でずばずば言いまくる。

するとさすがに頭にきたのか、利羅も表情を怒らせて口を開いた。

「んだよ、ペラペラと!何がいい人だ!そんなの身内だから言えるんだろうが!そんなにいい人なら、何かいい人エピソードでも聞かせろよ!」

ウィンリアは負けない。

「えぇ。いっくらでも言ってあげるわ!いい?リトレアおじさんはね?少しでも国が良くなるようにって、他国から色んな文化を学んで取り入れてるし、国営の孤児院を作って自らしょっちゅう訪問したりしてるし!!そして何より可愛いのよ!!」

「可愛い?!そんなのいい人の理由になるわけねぇだろ?!バーサーカーに噛まれて頭おかしくなったんじゃねぇのか?このアマ!!」

いよいよ本格的な喧嘩になってくる。

「ちょっと二人共!!やめなさいよそんなレベルの低い喧嘩!」

「利羅くんはともかくウィンリアはまだ怪我が完治してないのよ?!大人しくしなさい!!」

ユーリンと千早が止めに入るが、最早スイッチの入ってしまった二人は言い合いをやめない。

ユーリン達が言って聞かないのだから、喜癒になど到底止めることはできず、周りでおろおろするしかない。

そうしている間も利羅とウィンリアはあーだこーだと言い合い、どんどん話の論点がずれていく事にも気付かなくなっていた。

…………そこへ救世主が現れた。

「ウィンリアちゃん!!灯摩くん!!喜癒くん!!!」

ドバーンと物凄い勢いで扉を押し開け、話の中心人物であったリトレアが入ってきたのだ。

さすがにその音にはびっくりした二人は、一瞬で抗論をやめた。

静まり返る一同を見て、リトレアと、後ろから静かに入ってきた秋斗は顔を見合わせて頭に疑問符を浮かべる。

「リトレアおじさん!!秋斗おじさん!!」

そんな中でまずウィンリアがリトレアの胸にダイブした。

「ウィンリアちゃん!…良かった。バーサーカーの所為で大怪我したって聞いたから、俺たち大急ぎで来たんだよ?でも、思ってたより元気そうだね。」

擦り寄ってくるウィンリアの頭をポンポンと軽くなでながらリトレアが微笑む。

その光景を目の当たりにして驚いたのか、利羅は口をパクパクさせている。

そして次の瞬間には、右手の人差し指をズビシとリトレア達の方向に向け、

「あんたがリトレア王なのか?!」

と大声で叫んだ。

しかしそこでちょっとした間違いが起こった。

彼の指は、明らかにリトレアの後ろにいた秋斗に向けられていたのだ。

「?そのガキは誰だ?随分と威勢がいいな。」

一応褒め言葉のつもりで秋斗が言う。

利羅はそんな秋斗の言葉を無視して、一人でワナワナ震え出す。

「やっぱ女の感性ってわかんねぇよ…。こんな陰気臭そうなおっさんが“可愛い”だって?!信じられねぇ…。ありえねぇ…。」

呟かれた悪気はない一言に、今度は秋斗がプツンときた。

先ほどのウィンリア同様ツカツカと利羅に近付き、彼の頭の両サイドに拳を押し当てて力任せにグリグリとし始める。

「だ〜れ〜が〜陰気臭そうな“おっさん”だってぇ〜?お前みたいな見知らぬガキに、おっさん呼ばわりされる筋合いはないが〜?」

おっさん発言が相当きたのか、いつもは冷静な秋斗が切れている。

大人の(しかも国軍隊長の)力のこもったグリグリは、確実に激痛を産んでいる。

「いっでででででででで!!!ギブギブギブギブ!!!!」

パンパンと必死で秋斗の腹部を後ろ手に叩く。

それに気付き、秋斗は力を緩めて利羅を解放した。

利羅はその場にうずくまり、悶絶しながら頭を押さえる。

ウィンリアに殴られたり、秋斗にグリグリされたりと今日の利羅の頭は何かと運が悪い感じである。

けれど、そんな彼に優しい手が伸びた。

「大丈夫?君?最近秋斗年気にしてるから、おっさんはやめた方がいいかな…。ちょっと遅かったけど;」

そう言いながら、リトレアが彼の頭を撫でてくれたのだ。

彼の優しい態度に、利羅は心なしか瞳をうるうるさせた。

「……何だよ。国王よりその側近の方が人ができてるじゃねぇか…。」

ポツリと正直な感想までもらす。

リトレアに会ったことのない彼は、今自分が間違っているということ自体に気付いていない。

その間違いを正すべく、ウィンリアがリトレアと利羅の間に割って入ってきた。

「ほらみなさい!リトレアおじさんは可愛くていい人でしょ?」

叫ばれた真実に、一瞬にして利羅の表情が強張った。

対してリトレアは利羅が何故驚くのかわからず、微笑んだまま首を傾げて見せた。

「……あんたが…アテナの国王…リトレア?」

どうしても信じられないのか、本人にもう一度訊いてみる。

リトレアはにっこり笑い、そうだよ。と頷いた。

その途端に、今まで崩れ落ちたように座っていた利羅はガバッと立ち上がり、すぐさま片ひざをつき座りなおした。

「アテナ国王・リトレア様!私はシャルンティアレの女王・シャニーナ様の命によって、貴方様に密書を届けるべく参上いたしました。葛城(かつらぎ)の里の民・派様 利羅と申します。」

深々とお辞儀して、先ほどの手紙を差し出す。

彼の口からでた大嫌いな女の名にリトレアはピクリと反応した。

ただ黙ってその手紙を受け取り、目を通す。

「………。」

「リトレアおじさん?なんて書いてあったの?」

ウィンリアに聞かれると、リトレアはすっくと立ち上がり壁をダンッと叩いた。

突然の事に皆が目を丸くする。

「どうしたリトレア?シャニーナ女王は何て言ってるんだ?」

リトレアの肩に手を置き、秋斗が訊く。

するとリトレアは振り返り、頭を手で押さえた。

「……馬鹿じゃないのか?あの女王…。」

いつもの優しい口調ではない、とげとげしい口調。

彼がこうなる時は、本当に腹が立っているときだけだ。

「…喜癒くん。」

そのままの口調でリトレアは喜癒を呼んだ。

まさか自分に話が振られるとは思わず、喜癒はビクッと身体を震えさせた。

「は・はい!」

それだけ返すのがやっと。

「明日、シャルンティアレのガブリエル教会の神子が来るらしいよ。もう出発してるんだってさ。君に会いたいって聞かなかったらしい。」

一つ大きな溜め息をつく。

「国交においてそれまでの手筈がどれだけ重要なことか分かってないよ、あの女王は。こんなことを突然言い出して。しかも最後の一言がこの世をなめてるとしか思えない。」

差し出される手紙を秋斗が受け取り、読んだ。

「……「こちらの神子はやんちゃな為、多少お騒がせするでしょうが、その辺りはそちらの処置にお任せいたします。」……。」

簡単に言えば、こっちの神子が何かしてもそちらの勝手になさってくださって結構です。と言っているようなものである。

秋斗もその内容に呆れたようで、頭をボリボリかく。

リトレアはもう一度大きな溜め息をついた。

「…まったく。でも、もう出発しちゃってるんだったらしょうがないね…。……千早、ウィンリアちゃん達の怪我はどんな具合なの?」

問われて千早は夏南がテーブルの上に置いていたカルテに目を通した。

「ウィンリアは背中を打撲、喜癒くんはひざとひじに軽い擦り傷、ユーリンちゃんは胸部、腹部に打撲と首に鋭利な物で刺されたと思われる刺傷。あと全員に言えるのは心身の疲労かな。」

「灯摩くんは?」

「…両腕両足に噛みつかれた傷、肩部に打撲、肋骨三本骨折。三人と同様心身の疲労…だって。灯摩が一番重症ね。一番動き回ってるけど。」

それを聞くと、リトレアはそっか…。と呟いた。

「千早。皆のこと引き続き頼むよ。俺は一度城に帰って、シャルンティアレに返事の書を書かなきゃいけないから。利羅くんは俺と一緒に城に来てくれるかな?」

「あ、はい!勿論です!」

歩き出すリトレアに返事をして、利羅も歩き出す。

「千早。夏南と灯摩は何処に行ったんだ?」

リトレアについて部屋を後にしようとしながら秋斗が問う。

「えぇちょっと…。夏南ってば口滑らせちゃって…。今ごろ男同士の大切な話してるんじゃないかな…。」

斜め下に視線を落としながら千早は応えた。

そんな彼女の態度に秋斗は何かを察したような顔になり、すぐに表情を戻すとリトレアについて部屋を出て行った。

ウィンリア達には、大人たちの意味深な言動が不自然に感じられたが、その原因がわかる筈もなくただポカンとすることしか出来なかった。

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今回は少しギャグ風味も入りました。

利羅くんちょいと苦労性…;;


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