「じゃあ、しばらくの間宜しくね。クラウド。」
いつも着ている正式な王の衣服ではない、非常に庶民的な格好をしたリトレアが城の大きな門のところでそう言った。
「はい。お気をつけてください。リトレア様。」
クラウドと呼ばれたリトレアと髪の色も背格好も、そして童顔気味なところもそっくりな青年は頷いた。
彼の方が、いつもリトレアが着ている王の服を身につけている。
彼は時々リトレアの影武者として働いている青年であった。
「詳しい話は全部秋斗にしてあるから、いつもみたいに俺っぽく振舞っててくれればいいからね。」
「はい、わかっています。この後すぐ趣隊長のもとへ行くつもりです。それよりも…。」
クラウドはリトレアの後ろで俯いている美癒に目をやった。
しかしすぐに視線をリトレアに戻す。
「シャニーナ女王は…何をするかわかりません。どうか無茶だけはなさらないでください。皆でリトレア様の…。いえ、リトレア様と美癒様のお帰りをお待ちしております。」
そう言いながら深く礼をする。
彼はとても誠実な青年であった。
「ありがとう。…さぁ、頭を上げて?今からしばらく、俺はただの『リトレア』になるから。……じゃあ、行ってくるね。」
クラウドの肩をポンと叩いて微笑む。
顔を上げたクラウドは、また「はい。」と力強く答えた。
「さてと、…おいで!!ゆんゆん!!」
そう叫びながら、リトレアは天に手を掲げ、一度軽く指を鳴らした。
すると城の上のほうから、巨大なピンクの生き物が飛び降りてきた。
「―っ!!」
突然のことに美癒は目を丸くして驚く。
ピンクの生き物はリトレアのすぐ横に着地し、嬉しそうに彼に顔を擦り付けてくる。
「…シュペラーノ…ですか?」
彼の服を掴みながら問う美癒に、リトレアはにこりと頷いた。
シュペラーノとはこの世界に住む巨大な生き物の種の名である。
「ゆんゆんって言うんだよ。ほら、俺って車とか乗れないからさ…。この子に乗っていこうと思って。…ゆんゆん、この子は美癒ちゃんっていうんだよ。宜しくね。」
リトレアが言うと、ゆんゆんは美癒にも頬擦りをしてきた。
「うふ…ふふ…くすぐったい。」
美癒も嬉しそうにゆんゆんの頭を撫でる。
「さ、乗って。そろそろ行こう。」
「あ…はい。」
言われ、美癒は翼を使って飛び、ゆんゆんの背に乗った。
リトレアもそれに続いてゆんゆんの背に飛び乗る。
「さぁ、ゆんゆん!シャルンティアレに行くよ!!」
彼の掛け声に答え、ゆんゆんは地を蹴って飛び上がった。
沢山の建物を踏み台に、ゆんゆんは進んでいく。
「どうかお気をつけて!!リトレア様!!!」
ダンダンと小さくなっていくゆんゆんを見送りながら、クラウドは手を振った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、あそこにいるのってリトレアおじさんじゃない?」
車の後部座席でウィンリアが言った。
「あ、本当だ。どうしたんだろう、一人で空に手なんか振って…。」
ウィンリアが指差す先を見ると、確かにリトレアは空に向かって手を振っていた。
灯摩は夏南が車を止めていた所と同じ所に車を走らせ、停車させた。
ウィンリアは車から飛び出し、リトレアのもとに向かう。
「リトレアおじさん!ただいま!」
言いながらポンとリトレアの肩を叩いた。
「あ、ウィンリアちゃん。おかえり。冬姉様に聞いたよ。兄様を助けにいってたんでしょ?どうしてそんな無茶なことを…。」
クラウドは完璧だった。
心配そうな顔をする彼に、ウィンリアは苦笑いしながら頭をかいた。
「ごめんなさい。でも私、お父さん助けたかったから…。でもほら、見て!お父さんを無事にゼフィランサスのとこから取り返してきたのよ!」
ここに着くまでに車内で打ち合わせしていたため、ウィンリアも完璧だった。
彼女が指差す方からは灯摩と利羅の間にゼフィランサスとハイビィが並んで歩いてくる。
「只今帰りました。リトレアさん。ドルリアさんは無事です。安心してください。」
「あと、ハイビィも色々知ってそうだったから、逆に拉致ってきたぜ。」
灯摩と利羅も簡単に説明する。
それを聞き、クラウドはにこにこしながらゼフィランサスに近付いた。
皮肉なことに、偽者同士の兄弟再会であった。
「おかえりなさい。兄様。大変だったでしょ?無茶ばかり押し付けちゃって…ごめんね?」
きゅっとゼフィランサスの服を掴み、悲しそうな顔をして見上げる。
そこでゼフィランサスの左目の眼帯に気付いた。
「…!兄様?その眼帯どうしたの?」
慌てた様子で訊く。
「あぁ、これか?ちょっと転んで打ち付けちゃったんだよ。心配するな。」
優しく言うと、クラウドはホッとした顔をする。
ゼフィランサスはしばらくそんなクラウドを見下ろしていたが、ふっと笑って彼の頭を撫でた。
クラウドは照れくさそうに笑ってみせる。
そんなクラウドの耳元に、ゼフィランサスは顔を持っていった。
そして灯摩たちには聞こえないように呟いた。
「……なかなかいい線いってるぞ。そのままで、ボロは出すなよ?」
「―――――っ!」
その言葉にクラウドは硬直する。
対してゼフィランサスはまたふっと笑うと、顔を起こした。
「さて…と。とりあえず城に入るか。どうやら様子が変だしな。やはり、バーサーカーの襲撃対策か。」
城の周りに一定の間隔で立っている兵たちを見て、ゼフィランサスは言った。
クラウドは頷く。
「…そう。やっぱり、…俺は信じられないんだよ。全部は。…ごめんね、ハイビィちゃん。」
クラウドがハイビィに目をやると、ハイビィはプルプルと首を振った。
「ううん。いいの。逆にそれで安心だもん。」
「え?」
怪訝な顔をするクラウドに、灯摩は進み出た。
「リトレアさん。どうやら彼女の知らないところで、別の誰かが襲撃の準備を始めたらしいんです。あまり時間がありません。とにかく行きましょう。」
クラウドは少しだけ考える仕草をしたが、すぐに頷いた。
「わかった。行こう。俺も今の状況を君たちに教えてあげといたほうがいいしね。」
言いながら歩き始める。
灯摩たちもそれに続いた。
「………。」
しかしゼフィランサスは動かなかった。
それに気付き、ハイビィは彼に近寄る。
「どしたの?ゼフィー。何かあった?」
ハイビィの心配そうな顔を見て、ゼフィランサスは2〜3度彼女の頭を優しく撫でた。
「いや、ちょっと嫌な予感がしてな。」
「……ラナのこと?」
「いや。それもあるが、それとは違った…何か嫌なものの気配を感じる。…気のせいだといいがな。」
言いながらも心配そうな顔をするゼフィランサスに、ハイビィは静かに抱きついた。
「…これ以上怖いこと言わないでよ。…私はラナのことだけでも凄く怖いんだもん。…あいつ嫌いだよ。人を殺すこと、なんとも思ってないもん。それどころか、まるでゲームみたいに楽しんでる。あんな奴に勝手なことされるなんて、怖くてたまらないよ。」
涙目になるハイビィに、ゼフィランサスは優しく笑った。
「なぁに。あんなカマ野郎みつけたらすぐに俺様がぶちのめしてやるよ。それに俺様やジキタリスほどじゃないが、奴の傍にはまだ良心のあるサイサリスもついてる。大丈夫だ。お前はあまり深く考えるな。」
彼の台詞に、ハイビィは少し微笑んで頷いた。
そして二人も城へと入っていった。