廊下。
何処の建物かは分からないが、とにかくどこかの廊下。
その廊下を、ジキタリスはゆっくりと歩いていた。
「…ふぅ…。」
ふと壁を見つめて溜め息を吐く。
壁には大きな絵がかかっており、中では美しい女性が笑っていた。
「…………。私…いつまで続けなきゃいけないのかしら…。」
ふいに零れた台詞に、ジキタリス自身驚き、首を振った。
「………。」
そしてその考えを振り払うように、再び歩き始める。
そんな彼女の前に、ヒラヒラと『ハイビスカス』の花びらが舞った。
「…、ハイビィ?」
次の瞬間には目の前に現れていたハイビィに、ジキタリスは何事かと声をかける。
「やっほ〜vジキたんvはいこれ、ゼフィーからのラブレタ〜。」
にへら〜と笑って差し出される手紙を、ジキタリスは受け取り内容を確認する。
「………。了解。」
溜め息混じりに言うジキタリスに、ハイビィは小首を傾げた。
「ねぇねぇ?何て書いてあったの?私にも教えて〜。」
訊いて来るハイビィに、ジキタリスは一度髪をかきあげた。
「ほら、あの…。」
「あたしも聞きたぁいv」
ジキタリスが言いかけた瞬間、別の誰かの声が響いた。
『!!』
その声に驚き、二人が振り返ると廊下の奥から少女が現れた。
ゴテゴテとした真っ白い…言うとすればゴスロリのようなドレスに身を包んだ銀髪の少女だった。
「……何の用?」
ジキタリスはその姿を見るなり彼女を睨みつけた。
「あ〜ら、そんなに睨まないでくれる?あたし、何か悪いことしたかしら?」
くっくと笑いながら、少女はこちらに近付いてくる。
ハイビィはこそこそとジキタリスの後ろに隠れた。
「ねぇ、あたしにも教えてくれない?同じ年頃の女の子が集まっておしゃべりするのって、超楽しいでしょ?」
少女はいいながらジキタリスの頬に手を滑らせた。
「っ触るな!!ゲス女!」
バシンッと音をたててジキタリスはその手を払い除けた。
「っっ!!何すんのよ!!」
パシィンッと音がして、次の瞬間にはジキタリスは地に倒れていた。
その頬は真っ赤に腫れている。
「!!ジキたん!!……っちょっと!!エディ!ジキたんに何するのよ!!」
エディと呼ばれた少女は、ジキタリスに平手打ちをした手をブンブンと振って笑った。
「ごめんなさぁい?ちょっとムカついたからついね。つい。」
悪びれた様子も無くエディは笑ってみせる。
「―っ!」
そんなエディをジキタリスはギッと睨む。
「ま〜あ、あんた全然先輩のあたしに向かってガンつける気?はん!!笑わせてくれるじゃん!」
ガッと分厚いヒールでジキタリスの背を踏む。
「別にあたしはね?自分より全然あとに出てきた陰気な奴が自由奔放を許されて、あたしはまだこの館の警備に縛られてなきゃいけないってことに腹たててんじゃないのよ?」
ガッ!
「くっ。」
「ただ、折角動き回ってるのに…あんたのアマちゃんぶりは何さ?って思ってるわけ。何でよりによってそれなりに抵抗できる武器持ちの奴等しか襲わないのかってね!あんた本当に殺す気あるわけ!?無抵抗なパンピー狙いやがれってのよぉ!!」
ガッ!ガッ!
「んぐっ。」
「やめてエディ!!ジキたんをいじめないで!!」
たまらなくなり、ハイビィが新体操で使うリボンのような武器でエディを威嚇する。
エディはそれを軽々と避けた。
「ふん!あんたもあんたよ、ハイビスカス!キャピキャピごろにゃん!一人だけゼフィランサス様を占領して!ちょっと可愛く出来てるからって、調子にのってんじゃないわよ!!」
ブンッと物凄い勢いでエディは蹴りを放つ。
「ぐ…きゃぁあっ!!」
まともに腹に入り、ハイビィは軽く後ろに飛び倒れた。
「ハイビィ!!っ人が黙ってればいい気になりやがって!!」
ジキタリスはロッドを右手に持つと、エディに向かって勢い良く振った。
「はっ!!」
対してエディは腰にぶら下げていたボウガンを構え、それを受け止める。
「甘い甘い!角砂糖100個入れた紅茶より甘いわよ!」
隙をついてエディはジキタリスのみぞおちに膝蹴りを放つ。
「くっは…!!」
その痛みにジキタリスの手からロッドが離れる。
「死ねやぁ!!キャハハハハハハハ!!!」
高らかに笑いながら、エディはボウガンをジキタリスに向けた。
「――――くっ!!」
ヒュンッ!
その刹那、何処からか手裏剣が飛んできてエディのボウガンの中枢部に刺さった。
「んな!?」
エディがそれに驚き一歩後退ると、彼女の首に冷たい感覚が走った。
腹部を押さえて、ジキタリスも驚いたようにその様子をみる。
「……あ、…あ〜ら…サイサリス…姐さま…いらしてたの?」
先ほどとはうって変わったように顔を引きつらせてエディは自身のすぐ後ろに立っている人物に話し掛けた。
彼女の首から、冷たいものが離れる。
「うは〜…;;ビビッた…。」
こっそりとエディは胸を撫で下ろす。
そんな彼女の後ろに立っていた人物は、すすっと歩き前に出た。
その容姿はまるで忍者のようである。
「…サリー姐様…、」
起き上がってハイビィも彼女の名を呼んだ。
「…呆れたものだ。仮にとはいえ同胞がちっぽけな争いなど。今度こんなことがあれば、わかっているな?」
小刀を鞘にしまい、3人を睨む。
「………ごめんなさい。」
ジキタリスとエディが何も言わない中、ハイビィだけは素直に謝る。
「…。」
ジキタリスは何も言わず、ハイビィに近寄って手を差し出す。
「ジキたん…。ありがと…。」
立ち上がってそのままハイビィはジキタリスに抱きついた。
「…ケッ…。…カス共が。」
エディは小声で毒づいた。
「……ふぅ…全く…。」
溜め息をつき、サイサリスは歩き出す。
「どちらに行かれるの?サイサリス姐様?」
「………奴からの指令だ…。あの大国の女王は知りすぎた。……始末しに行く。」
振り返らずにそう言う。
「大国の女王って…まさかシャニー…。」
「ハイビィ。」
「う…。」
ハイビィが言いかけるのをジキタリスが制すと、ハイビィは口を手で押さえた。
「…………。…エーデルワイス。」
「はい?」
エディはフルネームを呼ばれ、サイサリスに返事をする。
「…奴が呼んでいた。殺したいのなら自分のもとへ来いと。主にも了承は得ているそうだ。」
どことなく気乗りしないような声で言う。
それを聞き、エディの表情がパッと明るくなり、次には不敵な笑みに変わる。
「……マジで?うふふふ…やっと出来るんだぁv人殺しv」
そう言い残すと、次の瞬間にはエディの姿は何処かに消えてしまっていた。
「…………。」
ジキタリスはサイサリスを睨む。
その視線に気付き、サイサリスは振り向いた。
しかしすぐに顔の向きを戻し。
「………某(それがし)は主の命令に従うまでだ。その命令は女王を始末すること。…向こうが抗わない限り、無駄な殺生はせぬ。」
「………。」
「…貴様はせいぜい…仇でも始末するのだな。……アテナに向かうのが良かろう。」
そう言い残し、サイサリスも姿を消す。
「……ジキたん。……その…さっきの手紙は…。」
ハイビィがおずおずと問うと、ジキタリスは一度溜め息をついてから口を開いた。
「…例の『オリジナル』さんを解放するように…って書いてあったのよ。……ハイビィ、あんた丁度いいから…あのオリジ…。」
「ドルリアお兄さんのこと?」
「そうそう、そのドルリアお兄さんをゼフィランサスのとこに連れて行ってあげて。私は他にすることが出来たから。どの部屋にいるかは知ってるでしょ?」
ハイビィはコクリと頷いた。
「それは別にいいよ。私どうせゼフィーんとこ戻るもん。ジキたんは何処行くの?」
問い返されるが、ジキタリスは首を振った。
「じゃあね、ハイビィ。」
そう言い残し、ジキタリスはその場から消えた。
「………。」
ハイビィはその場にハラハラと残ったジキタリスの花びらを一枚拾った。
「……無茶…しちゃ駄目だよ?ジキタリス…。」
伏し目がちにそう言うと、彼女もその場から消えた。
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