……――シャルンティアレ王都前――……

ゆんゆんは着地し、その背から美癒とリトレアは降りた。

「ふぅ、やっと着いた。…それにしても美癒ちゃん?どうして海岸沿いを回るなんて遠回りな道選んだの?」

長時間乗っていて疲れた腰を摩りつつリトレアが問う。

彼の言う通り、二人は途中美癒の言葉で海岸沿いを回るコースを選びシャルンティアレに到着していた。

それは唯一『国境草原』を通らずに済む行き方だった。

「…何かと…面倒になりますから。…それよりも早く行きましょう。あ、ゆんゆんちゃんは…。」

街を連れ歩くには少々大きすぎるゆんゆんを見上げ、美癒は言う。

しかしリトレアは微笑み。ゆんゆんの頭を撫でた。

「ゆんゆん。変身。」

彼が言うと、ゆんゆんは見る見るうちに小さくなり、平均的な猫くらいの大きさになった。

「うは…伸縮自在なんですね。」

驚いて美癒は目を丸くする。

「ふふ。…さてと、とりあえず王都に入らなきゃいけないけど…。あの番の人たち怖そうだね…。」

リトレアの視線の先には腰に大剣をぶら下げた屈強な兵士が二人、街へと繋がる門の前で立っている。

シャルンティアレはその大きさから、王都と平民がすむ一般街に分かれている。

一般街には特に問題は無いが、国の要である城を中心にして栄える王都には商人などを除いた一般市民は入ることも許されていない。

許されているのは豪族、貴族、教会関係者、そして他国から女王が直々に呼んだ者や芸者や著名人といった感じである。

「そこの所は大丈夫です。私が誰か忘れました?ガブリエル教会の神子、鵤 美癒ですよ♪恐れながら、リトレア様のことを説明する時は使用人ってことにしちゃいますけど…いいですか?」

おずおずと聞く美癒に、リトレアは苦笑しながらも頷いた。

二人はそのまま門へと向かって歩く。

堂々と進んでくる美癒達を早速見つけた兵士は、突然武器を向けてきた。

「……ひゃっ!ちょ…ちょっと!危ないじゃない!!」

流石に驚き、美癒は久々にいつもの調子で怒鳴る。

しかし兵士はそんな彼女を冷ややかな目で見つめた。

「名と…所属団体あるいは姓。王都に入る理由を申せ。」

語弊があるが、兵士のくせに上からモノを言ってくる。

美癒はムッと口をへの字に曲げる。

「…ガブリエル教会神子・鵤 美癒。後ろにいるのは私の使用人の…えと。」

「リディアムです。」

「そ、そうです。」

二人がそう言うと、兵士は顔を見合わせ同時にぶっと吹き出した。

「なっ。」

突然笑い出す兵士たちに驚き、美癒とリトレアも一度顔を見合わせる。

美癒は兵士を睨む。

「な…何がおかしいのよ!」

怒鳴る美癒に、兵士はまだくっくと笑いながら口を開く。

「ふっふふ。いるんだよなぁ。王都に入りたいからって見え透いた嘘つく奴。」

「嘘って…。」

もう一人の兵士も語りだす。

「いいかい?嬢ちゃん。ガブリエル教会の神子であった美癒様はなぁ?とっくに『亡くなってる』んだよぉ!」

「―――――っっ!!う…嘘よ!!だって…私はここに…!」

美癒が自身の存在を主張するが、兵士たちは彼女の話は聞いていない。

「いるんだよなぁ〜。美癒様信者の夢見がちな者の中に相当な妄想娘って。これで何人目だか。」

「本当本当、いい迷惑だっての。」

言いながら美癒の肩にぽんと手を置く。

「嬢ちゃん。いい精神科医知ってるぜ?王都じゃなくて、そっちに行くんだ、なっ。」

そのままどんっと美癒を押しのける。

リトレアは転びそうになる美癒を慌てて受け止めた。

その態度の悪さに、リトレアは美癒を支えたまま二人を睨んだ。

「あん?どうかしましたぁ?使用人さん?」

「……外道が…。」

「はぁ?」

ボソリと言われた言葉に、兵士たちが問い返す。

リトレアは二人の前に進み出る。

「あなた達はそれでも国を守る兵士か!!女の子にあんな力で!市民に躊躇いも無く武器を向けて!そんなことが許されるなんて、思ってるのか!」

彼の勢いに、兵士は少したじろぐ。

「な…。」

「……やっぱり…女王も女王なら…。」

リトレアがそう言い掛けた時。

……ブァァアアアアン…。

王都の奥から、真っ赤なスポーツカーが走ってくる音が響いた。

その風貌は周りの古都風な風景に大分ミスマッチである。

車はどんどん近付いてくる。

「な…お、おい?」

車はどんどん近付いてくる。

兵士たちに向かってどんどん近付いてくる。

「あ、あの車…。止まる気…ないんじゃ…。」

車は兵士たちに止まる気配もなくどんどん近付いてくる。

「ひ…っ!!」

そして…。

ギャキキキキィィィイイイッッ。

けたたましいブレーキ音を響かせ、二人の兵士すれすれで車は止まった。

『は…はぁぁ…。』

兵士たちは腰が抜けたようで、その場にへなへなと崩れ落ちた。

「…?」

リトレアは窺うように車を見つめた。

ガチャッと車のドアが開く。

運転席から出てきたのは、すらりと背の高いピンクの髪をポニーテールにしたサングラスの女性だった。

「あ!」

彼女の正体が分かり、リトレアの表情はパッと明るくなる。

「な…何だ貴様は…?」

崩れ落ちたまま兵士の一人が問う。

美癒も息を呑んで女性に目をやる。

「……私?私が誰か知りたい?」

くすっと笑って、女性はサングラスを取った。

「私の名は…!!」

バッと即座に車の中に戻り、MDを最大で流し始める。

流れるのは激しいロック。

「私の名は……!!!善人を助け!!悪人をぶちのめす!!正義の格闘家兼、役者のマネージャー!!葉付 春(はづき しゅん)様よ!!!」

後ろで先ほどのロックがジャカジャ〜ンと彼女を盛り上げるように流れる。

『………;;;』

兵士二人と美癒は呆然とする。

「はぁあ!王都前でまた問題発生!とかいう噂を小耳にはさんだもんだから車かっ飛ばしてきてみたら!!まぁたあんたらなわけ!?こりゃもうあんたら首ね、首!」

自分の首をちょんちょんと手刀でつっついてみせる。

『う…。』

「それに…。あんたたち今日は全然ついてないわね?その二人、私の身内なんだけど?女王さまに言っちゃおうかな〜?私が女王さまのお気に入りって知ってるわよね?」

脅すような流し目で兵士を睨み、懐から携帯電話を取り出す。

「ひっ!!…わ、わかったわかった!あんたの知り合いなら大丈夫だ!通してやるからとっとと消えろ!!」

完全にビビっている兵士は涙目でそう言うと武器を収めた。

春はその様子を見ると満足したようにふっと笑った。

「よろしい。さ、りっちゃんも美癒ちゃんも車乗って乗って!中で話しましょ。」

手招きする春に、リトレアは頷いて車に向かう。

「ほらほら、美癒ちゃんも。」

にこにこしながら手招きする春に言われ、美癒もそそくさと車に乗り込んだ。

 

―――――――――――――――――――――――――



「流石春だね。あの兵士たち完全にビビッちゃってたよ?」

くすくす笑いながら助手席でリトレアが言った。

「あ、あの…ありがとうございました。」

後部座席から乗り出し、美癒は春に礼をする。

「いいのいいの。あいつらいっつもあんな感じだもの。」

春はへらへらと笑って見せる。

「それでも凄いです。あの…貴女がシャニーナ様のお気に入りっていうのは…。」

美癒が気になっていたのか質問する。

「あぁあれ?嘘嘘!あいつらこの前も同じようなことしてたからそのとき投げ飛ばしてやったのよ。そしたら私に怯えてるみたいでさぁ、あそこではあぁ言えば通してくれると思ったのよ♪」

「は…はぁ…。」

「春…それって本格的に脅し行為な気が…。」

リトレアが苦笑しながら言うと、春はそうかもね〜。とケラケラ笑った。

「んで、リッちゃん?そんなことより、これからどうしたら言いわけ?」

運転しながら春は話題を今回のことに戻す。

「うん。とりあえず、俺が先に送っておいた服に着替えさせて?その後はシャニーナ女王の所に乗り込む。」

車は左折する。

「ひゅ〜♪乗り込むとはまた大胆な言い方ねvまぁ大筋は千早や兄貴からの書状で把握してるつもりだけど。何かはちゃめちゃな事態よね。シャルンティアレなんかいつもと変わらないのに、アテナは大混乱。正直理解し難いわ。」

「……俺だって信じたくは無いけどね。だからこれから確かめに行かなきゃ。」

「それで?行ってもしシャニーナ女王が『はいそうです。すべて私(わたくし)の策略でした。』って言ったらどうするのよ?」

「…………。」

「…大国とドンパチやっちゃうつもり?それともその場で撃ち殺すの?」

「春!!」

「冗談よ。でもその様子だと以後を考えてなかったのね?」

「……………。」

リトレアは黙り込む。

車内は沈黙に包まれる。

「……まぁいいわ。私が依頼されたのは貴方と美癒ちゃんのガードだもんね。こっちが手を出す前に向こうから手を出してくるかもだし。」

言うと春は車を大きなレンガ造りの建物の前で止めた。

その建物の入り口には銀髪の青年が立っている。

「よぉ〜春!おかえり。」

ニコニコしながら青年は車に近付く。

「た〜だいまvあ〜ら〜たvv」

言って春は車から降り、新(あらた)というその男性に抱きつくと互いに頬にキスをしあった。

「にゃっ!!」

それを見て思わず美癒は頬を染めて声を出したが、リトレアに不思議そうに振り返られ慌てて顔を隠した。

「待ってたんだぜ。またあの下っ端野郎たちだったんだろ?……って、おい!!リトレアじゃん!!」

初めは春に向かって話していた新だったが、横目に映ったリトレアに気付き嬉々とした表情で車に顔を突っ込んできた。

「久しぶり、新さん。」

笑って返すリトレアに新もにかっと満面の笑みを返した。

「なんかさ、あいつらに絡まれてたのがリッちゃん達だったのよ。だから拾ってきちゃった。ナイスタイミングでしょ?」

後ろで春が笑いながら説明する。

「へぇ〜。そりゃ確かに♪ほれ、とっとと降りろよ。家ん中入れって。」

言いながら新は顔を引っ込め、手招きをする。

「うん。さ、美癒ちゃん行こう。」

リトレアに言われ、美癒は彼に続いて車を降りた。

そして二人に案内され家の中へと入っていった。

 

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