時期で言えばアテナからバーサーカー討伐部隊が出発した頃、リトレア達も春達の家からシャルンティアレ城へ向けて出発していた。

リトレアはいつもの正式な王の服に身を包み、春と新もそれなりに正装をしている。

演出なのか、春は髪を下ろし新は無造作にはねていた髪をぴっちり堅め両者共にサングラスである。

シャルンティアレの謁見制度は意外と簡単で、『王都に住む者』なら大抵審査なく通してくれるらしい。

リトレアは謁見の間までは顔を隠し、春たちに手続きしてもらって入ることとなった。

できるだけシャニーナの所へ行くまではリトレアとはばれたくなかった為、その点は好都合ではある。

ただしその体制は民への信用の現われとも取れるが、リトレアにはやはり浅はかだとしか写らなかった。

第一関門である入場の際も、世界中で有名な葉付夫妻の顔パスで難なく通過することが出来た。

「このまま直進してください。案内の者もすぐに参ります。」

若いメイドが夫妻に見とれながら手で廊下の向こうを指し示す。

リトレアと美癒は俯き加減だったが、二人には全く気付いてはいなかった。

案内のこちらもまた若いメイドと春が話しながら、ほどなく謁見の間に辿り着いた。

「こちらの方々が、シャニーナ様への謁見をご希望されております。お通しください。」

メイドが言うと、扉を守っていた屈強な兵士たちは疑うこともなく扉を開いた。

途端目にかかる眩しい光。 シャルンティアレ城の謁見の間は、アテナとは比べ物にならないほどの眩い装飾に包まれていた。

よく見ればメイドがつけているブローチも兵士たちの鎧も、かなり高価なもののようである。

春と新はリトレア達を挟むようにして奥に進んだ。

「女王様がお見えになります、頭をお下げください。」

メイドがそう言って下がる。

春と新と美癒はすぐに下げたが、リトレアはほんの一瞬だけ躊躇してから浅く頭を下ろす。

カサカサと布のすれる音が聞こえ、とすっと座る音が響いた。

「顔を上げなさい。」

上品だが、どこか何者をも見下したような女性の声でそう言う。

4人は顔を上げた。

長い階段の上に設けられた玉座に座する女性が目に入る。

金の長い髪、妖艶な唇、幾重にも重ねられた繊細な布でしつらえられたドレスに宝石の散りばめられたティアラ。

彼女こそ、シャルンティアレの現女王・シャニーナ=シャルンティアレだった。

「ご機嫌麗しゅうございます。シャニーナ様。」

春がサングラスをはずし、すっと一礼する。

「よく来たわね、葉付春。貴女の活躍は拝見しているわ。」

至極ご機嫌な表情でシャニーナは返す。

どうやら春の言っていた『私は女王様のお気に』発言はあながち嘘ではなかったようである。

「ありがとうございます。さて、早速ですが今回の本題に入りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「えぇ、どうぞ。」

くすっと笑ってシャニーナは足を組む。

「はい。それでは、そろそろ交代します。」

言って春は下がり、リトレアが前に出る。

「………?お前は…?」

途端怪訝そうな顔をするシャニーナに、リトレアは顔を上げた。

「お久しぶりですね。シャニーナ女王。」

真剣な顔で口を開く。

「……貴様は…アテナ王……?…………ふっ!ふふふふふはははは!!」

リトレアの正体が分かった途端、シャニーナは突然高笑いを始めた。

「……何か貴女を笑わせることを言いましたか?」

リトレアが苛立ちを押さえて問う。

「ふん。…これはこれは、何とも非常識な。他国への訪問を連絡無しにするとは、未だに学習が利いていないと見えたわね。」

くっくと笑いながら言う。

しかしリトレアは首を振った。

「申し訳ありません。以前貴女が我々のアテナ王国に突然訪問されたことがありましたので。今の世では王族の他国への出入りも連絡無しでしていいものと思っておりました。大国を見習ったつもりが、とんだ恥ですね。」

苦笑しながらそう言い、頭をこつんと叩く。

「……っ。」

皮肉に気付き、シャニーナは眉間にしわを寄せる。

「今回のことについては、後々謝罪の品をそろえます。…それよりも、私は貴女に2、3窺いたいことがあるのです。」

話を戻すリトレアに、シャニーナは返す言葉が浮かばなかったのか続けろと目で合図をした。

リトレアは頷いた。

「単刀直入に聞きます。今、我々アテナ国に大量のバーサーカーが侵攻を開始していることを、ご存知ですか?」

問うと少し間があく。

「…初耳ね。そんな大変なことが起きているなんて。」

そこまではよかった。

しかし。

「ふふふ。つくづくアテナは呪われているわね。」

とても可笑しいことのように、シャニーナは笑った。

「……。」

リトレアは彼女を睨む。

「…無視できないお言葉ですね。私の聞き間違いでしょうか?」

望みを託すような思いでリトレアが再度尋ねる。

「いいえ。貴方が今言った『言葉』というのが私が今言った言葉なら、聞き間違いではないわよ。」

そう言い。

「やっぱり呪われていたのよ。アテナも、そして貴方もね。『リディアム・トマ・レインシー=アテナ=バーンズ』」

「…………!!!呪われていただって!?戯言もいい加減にしろ!!」

とうとう抑えが利かなくなり、リトレアは叫んだ。

「戯言ねぇ。あながちそうでもないことを、お前自身も気付いているでしょう。22年前も16年前も。不幸を担うはお前達アテナではないかしら?」

にやにやと笑いながらシャニーナは言う。

「言うな…。それはもう過去。今は違う。」

「違わないわ。二度の国崩壊の危機、先代国王の殺害事件、そしてまた起きようとしているバーサーカーの騒乱。これの何処が呪われていないというの?」

「起きようとしている…?とぼけるんじゃない…こっちは皆知ってるんだ。シャニーナ女王!!貴女が…!!」

「もうやめて下さい!!」

二人の言い合いが激しくなってきたその時、美癒が叫んだ。

「美癒ちゃん…。」

美癒はリトレアの前に駆け足で出る。

「シャニーナ様!!今でも遅くありません!訂正してください!!私、リトレア様と約束しました!何があっても今回のことは私の罪、シャルンティアレには一切の責任は問わないって!だから、この場だけでも認めてください、バーサーカーの指導者に掛け合ったのは…。」

「お前は誰だ。」

「!!!」

シャニーナの口からでた言葉に、美癒は顔を青くする。

「え…。」

「さっきから気になっていたのよ。お前は誰?何故ここにいるの?」

シャニーナは続けて言う。

「な、何言ってるんですか…?美癒です。シャニーナ様に育てていただいて、今はガブリエル教会の神子をしてる。鵤 美癒です!!」

訴えるように美癒は叫ぶ。

しかしシャニーナは首を傾げた。

「?何を言っているの?今ガブリエル教会の神子をしているのは…。」

くいっと指を動かすと、玉座の後ろから美癒に良く似た少女が現れた。

「この娘。真癒(まゆ)よ。」

「……………っ。」

「最近よく錯乱した少女が増えていると聞くけれど、お前もその一人のようね。美癒は死んでいるのよ。もうしばらく前に。アテナに向けてこの国を出たときに。」

にやりと笑う。

「神子は成人してその任を終えるまで、『国から出てはいけない』のだから。この国の土地から一歩脚を踏み出した瞬間。シャルンティアレの美癒は『死んだ』のよ。」

…ガクリと、美癒は床に崩れ落ちた。

それは他でもない。

シャニーナにとって美癒は本当にただの捨て駒だったと分かったからだ。

「シャニーナ女王…。貴女っていう人は…。」

リトレアはシャニーナを睨む。

「ふん。大方その妄想少女に吹き込まれたのでしょう。私はバーサーカーについては何も知らないわ。………追い返しなさい!!!」

シャニーナは勝ち誇ったように笑い、兵士たちに叫ぶ。

ザカザカと兵たちが集まり、リトレア達を取り囲む。

「…どうする?まさかここまであからさまに来るとは思ってなかったけど。」

春がこそっと新にいう。

「どうしたもんかねぇ。予想をはるかに上回るって言うか…。救いようねぇって言うか。」

新は固めていた髪をぐしゃぐしゃとほぐした。

「さぁ、下がってもらおうか!大人しくしていれば手出しはしない。」

兵たちが追い返そうと迫ってくる。

「……くっ。」

リトレアは抗うこともできず、眉間にしわを寄せる。

「…シャニーナ様…嘘よ…。」

その時、美癒が立ち上がった。

「美癒ちゃん?」

「…?」

先ほどと様子の違う美癒に、皆が視線をやる。

「私は、シャニーナ様の天使。やめて美癒ちゃん、落ち着いて。怖い、怖いよ。何かが来るよ。出てきちゃダメです。お願いします。」

涙を流しながらブツブツと何かを言う。

そのままフラフラと、美癒はシャニーナの玉座に向かって進んでいく。

「………っ!!来るな!!」

シャニーナから見えた美癒の顔は、まるで死人のように真っ青だった。

「美癒ちゃん!!!」

リトレアが兵たちの間をすり抜けて美癒に駆け寄り、捕まえた。

「リトレア様…。」

「もういいから。…しょうがないんだよ……あの人は…。」

ドスドスッ

「ギャァアア!!」

その時、後ろから鈍い音と兵たちの叫び声が響いた。

「!?」

リトレアが振り向くと、そこには鎧の隙間に手裏剣のような物が刺さり動かなくなっている兵たちがいた。

春と新は突然のことに辺りを見回す。

「!!何事!?曲者がいるの!?」

突然のことにシャニーナは立ち上がる。

彼女の傍にいた真癒という少女は、顔を青くしておろおろと動き回った。

「…………罪深き女王だな。」 天井から声が聞こえた。

「上か!?」

新たちが顔を上げると、天井の大きなシャンデリアの所に人影が見えた。

「誰だ!!!」

新が叫ぶ。

しかし次の瞬間その人影は揺らぎ、そこにはいなかった。

「!!っっ…!春!!そっちだ!!。」

彼が叫んだと同時に、春の後ろに先ほどの人影が現れた。

「…邪魔な奴には下がっていてもらう。」

腰から小刀を抜き、春に向けて振る。

「ちっ…。」

すんでで避け、春は脚を振る。

「せいやぁああ!!」

ガッ

「!?…何…!?」

もろに当たり、人影は驚いた顔をする。

しかしそれも一瞬で、すぐに後ろに飛ぶ。

「…面倒な。」

そのまま軽やかに飛び、シャニーナの前に降り立つ。

「ひっ!」

自身への明らかな殺気を放ったその人物の目に見据えられ、シャニーナは腰を抜かしてその場に座り込んだ。

人影は先ほど抜いていた小刀を持ちかえ、突きの構えになる。

「…うるさい口は塞ぐ。御命頂戴…!!」

そのまま人影はシャニーナの腹部に刀を突き立てた。

「ひぃっ!!…痛い…痛いっっ!!助けて…。」

ワザとなのかシャニーナの分厚いドレスが邪魔したのか、腹部に小刀は突き刺さっているものの致命傷には至らなかった。

「……証を頂く。」

言って人影は何処からか巨大な手裏剣を取り出した。

シャニーナは本能的に察した。

……首をはねられる…と。

「きゃぁあああああ!!!!」

今までの高貴な雰囲気も嘘のように、シャニーナは恐怖に満ちた顔で叫んだ。

その時、人影の身体を小さな何かが連続的に貫いた。

「!!」

思いがけない痛みに人影は振り返る。

それを貫いたのは、リトレアの弾丸だった。

リボルバーを構え、リトレアはそれを睨む。

「……アテナ王、リトレアか。……余計な邪魔を…っ。」

言って人影は跳ぶ。

そして一瞬でリトレアの目の前に現れた。

「っ!!」

「邪魔をした貴殿が悪い。」

そのまま先ほどの手裏剣を振るう。

ガツッっと金属のぶつかる音が響いた。

リトレアに振られた手裏剣は、新の槍によって止められていた。

「……ちっ。」

「させるわけねえだろぉが!!」

物凄い力でそのまま槍を押し、人影を跳ね除ける。

「くっ…。」

「てめーの相手は俺たちだ!!これ以上好きにさせねぇよ!!」

新が槍を構える。

「早々に立ち去るのね!!」

春は新の背に背を向ける体制で人影にむけて拳を構えた。

「………面白い。…思い知らせてやろう!!」

挑発にのり、人影はこちらに向かってくる。

「リトレア!!シャニーナ女王を!!」

「…わかった!」

新に促され、リトレアはシャニーナのところへ走る。

彼女のもとに駆けつけると、シャニーナは傷口を抑えて蒼白な顔をしていた。

「死ぬ…死ぬの…?私が……痛い…痛い…。」

横にしゃがんだリトレアの服を掴み、震えながら言う。

「しゃべらないで。血を止めるから。」

リトレアは彼女のドレスを破りながら言った。

彼の後ろでは真癒が未だにおろおろと動き回っていた。

「あうぅ…あうぅ…。私…私はどうしたら…。ひっく…ひぐ…。」

「落ち着いて!!動き回られたら気が散るよ!君も『神子』なら女王を勇気付けてあげないとダメだよ!」

怒られて慌てて真癒はリトレアと向かい合うように座り、必死にシャニーナの手を握って祈り始める。

「あぁ…私の…ドレス……高かったのに…私の…ワタクシノ…。」

「貴女はドレスと自分の命とどっちが大事なんですか!?」

当事者の不謹慎な発言にリトレアが声を荒げると、シャニーナは目に涙を浮かべた。

「…どうして…私はお前を…殺そうとしていたのに……。」

その顔を見てリトレアは溜め息をついてから苦笑を返した。

「……俺は今生きてますよ。生きている以上、傷付いている人を助けたいと思うのは当然です。違いますか?」

「……リディアム…。」

「でも、勘違いはしないで下さい。俺は貴女を許してはいません。そう簡単に許せることではないことをしたのは、貴女が一番分かっているはずです。助かってから、改めて話しましょう。」

破いたドレスの布で傷口付近を縛り、止血する。

上手くいき、血の流れる量は格段に少なくなった。

「シャニーナ様!!」

今までの間に正気を取り戻したのか、美癒が駆け寄る。

彼女が走ってくるのを見て、真癒は彼女に今まで自分がいた位置を譲った。

美癒はシャニーナの手を握る。

「シャニーナ様!ご無事ですか!?」

シャニーナは涙に潤んだ目で美癒をみつめる。

「美癒…。さっきは…ごめんな…。」

彼女の顔を見てシャニーナが口を開いたその時。

ガァァン!!

後ろで鈍い音が響いた。

『!!!』

「リトレアァア!!!避けろぉお!!」

新が叫ぶ。

振り返ったリトレアの目に飛び込んで来たのは、先ほどの人影だった。

「!!!なっ!!!」

そう発した時には、既に人影は巨大な手裏剣を振りかぶった後だった。

人影の目的は新たちでも、リトレアでもない。

あくまでも狙っていたのはシャニーナだった。

振り返ったリトレアの頬すれすれを一瞬で手裏剣はかすめていった。

そして。

ドスッ

鈍い音。

リトレアの頬には生暖かい紅い物が飛び散った。

「あ…。」

手裏剣は。

「あ…あぁ…。」

突き刺さっていた。

「み…み…。」

シャニーナは声を震わせる。

「美癒……美癒ぅぅぅうぁあぁああ!!!!」

絶叫した。

手裏剣は綺麗に、まっすぐと。

シャニーナを庇って前に出た美癒の身体に突き刺さっていた。

 

戻る


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理