手裏剣の突き刺さった美癒はそのまま仰け反るように倒れた。
「美癒…美癒!!美癒!!」
我が身にかまう様子も無く、シャニーナは這うように美癒に近付き、彼女の顔を覗き込んだ。
美癒には意識が残っていた。
「シャ…シャニー…ナ…様。だいじょう…。」
「美癒!!美癒!!嫌、嫌…嫌ぁあああ!!」
号泣し、先ほど自分の腹を触った時に血が付いたままの手でシャニーナは美癒の顔を触る。
「シャニーナ…。」
シャニーナの取り乱し方に、リトレアは息を呑んだ。
しかしすぐに厳しい顔になり、人影を睨む。
「……貴様…よくも…!」
銃を構え、人影に向ける。
「前に出るからいけないのだ。」
くいっと人影が指を動かすと、美癒に刺さったままだった手裏剣がひとりでに動き出し、そちらへと戻っていった。
「…どうやら、今日は調子が悪いようだな。……さらばだ。」
それだけ言い残すと、人影はその場から消えた。
それまで人影がいた所からは、花びらがはらりはらりと落ちる。
「……サイサリス…の花びら?」
舞い落ちてきた花びらを手にとり、春が呟く。
「美癒!!美癒!!」
シャニーナは叫び続ける。
「美癒ちゃん!しっかりして!…真癒ちゃん!!早く医者を!城にも医者がいるんでしょ?!」
リトレアが言うと、真癒は慌てて走っていった。
「…ひでぇな…。貫いてやがる…。」
新が駆け寄り、傷口を確認する。
「美癒ちゃん…ごめんなさい。私たちが突破されたばかりに…。」
春が美癒の手を握り、悔しそうに眉間にしわを寄せる。
「いいん…です…私…私は…シャニーナ様を助け…られたから…。」
ごふりと口から血の塊が零れる。
「触るな!!私の美癒に、触るな!!」
突然シャニーナが叫んだ。
その見幕に、春と新は少しだけたじろいだ。
「美癒…ごめんなさい。私のせいで…私のエゴのせいで…!!」
「シャニーナ女王…。どうして…。」
リトレアが複雑な表情で問う。
「お医者様、連れてきました!!」
真癒が白衣を纏った老人をつれて戻ってきた。
医者はすぐに処置に移る。
「………私は、アテナが大嫌いだった…。」
その横でシャニーナは語りだした。
「…でも…私は彼を…『ドゥーク』を愛していた。」
聞いているリトレアは目を細めた。
「ドゥークとは、幼少の頃に前王である父と共にアテナに来た時に初めて会った。穏やかで、真っ直ぐで、そんな彼に私は心を奪われた。彼が微笑んでくれるだけで、私は胸の高鳴りを抑え切れなかった。いつか彼と、私は結ばれたいと思っていたの。」
「……それは、知りませんでした。」
リトレアは呟くように言った。
「しかし、そんな矢先にあの事件が起きた。22年前のあの事件よ。それが全てをむちゃくちゃにした。アテナは崩壊の危機に直面し、ドゥークも…そしてリディアム、お前も行方が分からなくなった。」
シャニーナは痛む腹を押さえ、立ち上がった。
「しかししばらくして、アテナはまた元に戻った。お前や、ドゥークや、あの趣の娘たちの手によって。そして、私は久しぶりにドゥークに会った。…しかし、彼は私に何と言ったと思う。「お初にお目にかかります。」と言ったのよ。」
リトレアは眼を見開く。
そしてすぐに辛そうに視線を落とした。
「私は…たまらなくなった。どうして、どうしてと。どうしてドゥークは私を忘れたの?どうして私ではなく、あの趣の娘が彼の隣にいるの?どうして、どうして彼ではなく、弟のお前が王をやっているの?…気に入らない、気に入らない、気に入らない。
その想いは、だんだんと私の心に闇を作った。だからお前を散々困らせてやった。品位を落とすことと知っていても、やめられなかった。気に入らないならアテナを消してやろうと思い始めた。そんな時、私はあの女に出会った。」
「あの女…?」
「…自称・バーサーカー主導者。『グラジオラス』」
リトレアは息を呑んだ。
「バーサーカー…主導者…っ!?」
シャニーナは頷く。
「私は愚かだった。人として恥ずべき選択をしてしまったのよ。あの時は、自分を苦しめるアテナが無くなれば救われると思っていた。だから私は……。」
少し黙り、腹を押さえる。
「グラジオラスに要求された時、『娘』を捨てた。私の為の犠牲は、私の子供だけで十分だと思ったから。」
「…娘……!?それって…どういう…。」
「………美癒は…孤児ではない。私が昔、許婚と言われた男との間に創った子供。しかしそいつはこの王家から金を盗み、美癒を奪った。そしてしばらくして私が孤児院を訪れた時に、美癒と再会した。いくら私でも、自分の娘には気付く。だから私が引き取り、再び育てたのだ。」
「……母親であることは隠してですね。いったいどうして…。」
「誰が言えるの?最悪な男から守ってやることもできず、孤児院で見つけて連れ帰った母親なのだと。そんな酷なこと…。」
「…俺は…それでももっと早く伝えていてあげたら…よかったと思いますよ。その方が美癒ちゃんは救われた…きっと…。」
「…っっ!!!……私はっ…どうして…。」
そこまで言い、自分の顔を手で覆って泣き始めた。
リトレアはそんな彼女の様子を見て、顔を背けた。
目に映ったのは倒れたままの美癒。
医者が手当てをする中、リトレアの眼に奇妙なものが映る。
「……?」
静かに近寄り、手を伸ばす。
「?どうされました?」
手当ての邪魔にはなっていないとはいえ、突然のリトレアの行動に医者は問う。
彼が触れたのは、美癒の耳だった。
「……これは…どういうこと…!?」
青い顔でリトレアが言う。
不思議に思ったのか春と新も覗き込んでくる。
美癒の耳は、いつの間にかエルフ族のそれになっていた。
「……っ!!シャニーナ女王!美癒ちゃんの父親は…っ!?その人はエルフ族だったんですか!?」
リトレアが叫ぶと、シャニーナは顔から手を離し目を見開いたまま首を横に振った。
「いいえ…。奴は生粋のヒト族だった。」
その時点で美癒はヒト族だと思っていたが本当はエルフ族系統だった…。などという一番分かり易い選択肢は消えた。
シャニーナもヒト族であるからだ。
ヒト族同士にはヒト族の子供しか生まれない。
しかも美癒は神子だった。
エルフ族であるはずがない。
その時、リトレアは確かな胸騒ぎを感じ片手で胸を押さえた。
しかしそれと同時に、美癒の閉じていた眼がカッと開かれた。
「!?美癒ちゃん!?」
続いて美癒の口が開く。
「……胸部広範囲損傷自動回復器官再生。後四肢構成回路再結束同時進行思考回路修復。」
こちらが瞬きをしている暇もないうちに美癒の口からその言葉が放たれた。
途端光出す美癒の身体。
医師が手間取っていた傷の縫合がまるで嘘だったかのように、美癒の傷は消えてなくなった。
「……何…?一体何が…っ!?」
リトレアも、春や新、医師たちもその美癒から数歩離れる。
今度は美癒の背中からいつもの翼が放たれた。
しかしいつもと違い、その翼は4枚あった。
美癒の身体はそのままフワリフワリと宙に浮き、一同を見下ろす。
「………『時は来た』……」
言って美癒は自身の首元につけていたハートの形の装飾品に手を持っていく。
「………ルメリィ、ナノテクシャ、ドゥエンリュクシュア、キースフォンレイチャ、チェーン…。」
シャルンティアレの古語と思われる言葉でそう呟くと、そのハートが輝きだしフワフワとリトレアの元に飛んで来た。
「…っこれは…。」
「……それは『みゆ』の心。彼女がこの器に持つ幾多の心を抑える為につけていたものです。」
そう話し出した美癒の姿は、ほんの一瞬眼を離した隙に今までの彼女とは全く別の物になっていた。
金だった髪はしなやかに輝く銀の髪に変わっており、身に纏っている服もまるで女神を思わせるようなドレスだった。
何が起きたのか全く分からず、その場にいる者はただ彼女を見上げて眼を丸くしているしかない。
「美癒…?一体…どうしたの……?」
シャニーナが泣きすぎて赤くなった目を見開き問う。
美癒はそれに微笑み返した。
「…すでに私は美癒ではありません。…いえ、正確には…貴女が『美癒』だと思っていた彼女も、もともと美癒などではありません。」
言いながら、美癒が霊力でしまっていたトンファーを取り出し、その二つを重ね合わせた。
するとそのトンファーは一瞬で巨大な十字架に変わった。
「……私は…ガブリエル。……ガブリエル・ミユ…。創造主レキニアによって生み出され、この現世で『みゆ』の中に存在していた『天使』。この少女の…第二の人格。」
それを聞き、リトレアの脳裏に以前彼女…『深由』の言っていた言葉がよぎった。
『私が一番最初に生まれた、言っちゃえばオリジナルの『みゆ』の人格なの。普段の『美癒』ちゃんは、三番目に作り出された一番バランスの取れた『みゆ』なんだよ。』
「…美癒ちゃんと深由ちゃん…。二人の間の人格が気になってたけど…。まさか…そんな。」
呟くと、ガブリエルはリトレアに視線を向けてきた。
「貴方は…珍しい人でした。あの、精神科医の女性に言われたとはいえ、あそこまで理解し力になろうとしてくれるなんて。…経験がおありでしたのね。」
いい終わると、途端厳しい顔に変わる。
「私と共に来て下さい。『彼』はもう動き出しています。バーサーカーの騒乱につられ、覚醒し、自らの手でこの世に終焉をもたらす為に。私はもともと『彼』を止めるためにこの現世に転生したのです。」
翼を広げて、十字架を一回クルリと回す。
「……っ!待て…私の…私の美癒は…っ。」
「貴女に有無は言わせません。美癒は…確かに彼女の心は…貴女を尊敬し、愛していました。そして貴女が実の母親だと聞こえた時、その気持ちは高鳴っていました。ですが貴女はしてはならないことをしたのです。」
シャニーナが瞳を潤ませる。
「……貴女の為の犠牲は貴女本人だけで十分です。子供だからといって巻き込むなど、言語道断です。」
おそらくシャニーナも心のどこかで自覚していたのであろうことを直接はっきりと言われ、彼女はその場にガクンと崩れ落ちた。
「……行くよ。まだ…整理できてないけど、俺は美癒ちゃんを信じるって約束したから…。だから案内して。貴女に協力します。」
リトレアの言葉に、ガブリエルは微笑む。
そして次の瞬間、辺りは眩い光に包まれた。
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