「灯摩ちゃん!リンゴ剥けたよ!」
ベッドの上で脚を伸ばした状態で座っている灯摩にウィンリアはリンゴを差し出した。
只今灯摩は冬の命令でベッドでの療養生活を送っていた。
数日前の例の事件をその日のうちに帰ることの出来たウィンリアが冬に喋ったところ、彼女は半狂乱になり灯摩のところに疾走してやって来たと思ったら彼の剣や鎧をすべて取り上げ、完治までの間を安静に過ごすように命令したのだ。
「サンキュー、ウィンリア。前よりは上手くなったな。」
シャリシャリと食べながら冗談めかして笑う。
「ふふ〜ん。私だって女の子なのよ?リンゴの一つや二つ、剥けなくてどうするのよ☆」
対するウィンリアも笑いながら自分で剥いたリンゴをかじる。
「ところでウィンリア。今日の新聞取ってくれないか?」
ベッドの近くにあるテーブルの上の新聞に目をやる。
その言葉を聞き、ウィンリアは少々バツの悪そうな顔をした。
「…………読まない方がいいと思うけど…。」
そんなことまでぼやく。
灯摩はウィンリアが何故そのような態度をとるのか分からず、首をかしげた。
しかししぶしぶながらもウィンリアが渡してくれた新聞を開いた途端、灯摩はその目を見開いた。
『アテナ王国城下町内森林付近で、全身から血液を抜かれた女性死体と白骨死体発見。』
その新聞の見出しが彼の目に飛び込んで来たのだ。
思わずウィンリアの顔を見ると、辛そうな顔で俯いていた。
「灯摩ちゃん…多分私と同じこと考えたでしょ?」
下を向いたままウィンリアは話し始める。
「きっとあの女よ。私たち人間を、夕食って言ってたんだもの。その人たち…“食べられた”のよ。」
震える体を庇う様に、ウィンリアは自身の二の腕をぎゅっとつかむ。
あの日、もしかしたら自分たちがこの新聞の一面となっていたのかもしれないと考えるとウィンリアは恐ろしいのだ。
「私、朝その新聞を見た瞬間…体が凍り付いていくのがわかったわ。あの時利羅くんが来なかったら…私たちは…。」
捨てられた子犬のような悲しそうな瞳で呟く。
灯摩はそんなウィンリアの頭を優しく撫でた。
「…そう後ろ向きになるなよ。確かに危険な目に遭ったけど、今俺たちはこうしてここにいるんだ。この殺された人たちだって、まだそうと決まったわけじゃないし。大丈夫だ。今度あの女が俺たちの前に現れたら…その時は必ず俺が護ってやるよ。」
ウィンリアは灯摩のそんな笑顔に安心したのか、ふんわりと微笑んだ。
「さて、落ち着いたところで…もう一個もらうかな。」
言いながら灯摩はお皿に乗っていたリンゴをまた一つ食べた。
そのすぐ後、誰かが病室の扉をコンコンとノックしてきた。
「はい、どうぞ。」
口が塞がっている灯摩の代わりにウィンリアが返事をする。
ノックをした人物は、その声を聞いてから部屋に入ってきた。
「あ、ユーリン!!それに利羅くんも!」
彼女の言ったように、そこには見舞いに来てくれたのであろうユーリンと利羅がいた。
「灯摩さん大丈夫ですか?」
以前のようなメガネに三つ編み姿のユーリンが、丁寧に持ってきた花束をさしだす。
「あぁ。お陰さまでね。もう骨もくっ付いたし、今は体がなまらないようにリハビリの毎日だよ。」
花束を受け取りながら灯摩は返した。
利羅もユーリンと同じように灯摩に近付く。
「ほらよ見舞い。俺、あんたの好きなものわかんねぇし金も無かったからこれで我慢してくれよ。」
そう言いながら、ポケットからポンと何かを放りだす。
灯摩がとっさに受け取ると、その手の中にはぶどう味の飴が収まっていた。
「この前あの青い髪のおっさん(※秋斗)に貰ったんだよ。結構上手かったぞ。」
ニコニコしながら言う利羅に、灯摩は苦笑を返した。
「それにしてもびっくりしたわ。利羅くんってとっくに国に帰ったんだと思ってたもの。」
ウィンリアが話題を変える。
「あ〜、俺だって出来ればそうしたかったけどよ?何か色々大人の事情があるみたいで残ってるんだ。……それに今のアテナ城は俺がいなきゃ駄目だしな…。」
ぼそりと意味深な言葉を返す利羅に、その場にいた三人は頭に疑問符を浮かべる。
三人のその顔を見て、利羅は更に口を開いた。
「シャルンティアレの神子が来てるだろ?あの神子マジでわがままだし、時々お国言葉喋るもんだからもう城のメイドとかてんやわんやみたいでさ。
喜癒の奴も毎日色んなとこひっぱり回されて大変らしいし。一応同じ国出身として制御のためにいるんだよ。」
理由を聞いて、今度は三人ともほーと口をOの字にして頷いた。
「それにしても、その神子ってどんな男の子なの?」
その中でウィンリアが問う。
けれどその質問には利羅は首を振った。
「男じゃねぇよ。女……。」
そして利羅が言いかけたその時…。
バーン!!!
「り〜ら〜〜!!!!みぃ〜つけた〜!!!」
恐ろしい勢いで、一人の少女が灯摩の病室に入ってきた。
「うお!!ぐげっ!!」
『わぁああ!!!』(←灯&ウィ&ユ)
その少女にその勢いのまま突っ込まれ、利羅は床に倒れる。
突然の事に、ユーリンもウィンリアも灯摩に抱きついて目を丸くした。
「あら?何で利羅ってば床に寝てるの?睡魔による暴走?」
利羅の上に座って、その少女は首をかしげる。
利羅はそんな少女を勢い良く跳ね飛ばした。
「お前だお前!!お前が俺に突っ込んで来たんだろが!?しかも足蹴にしやがってこの駄目神子が!!」
すごい勢いで怒鳴り、右手にはあの隠しナイフまで持っている。
しかし少女はなおも頭に疑問符を浮かべ、ん〜?と唸りながら顎元に手を当てた。
「そっか!分かったわ!」
そしてそう叫んだかと思うと、次の瞬間にはウィンリア達と同じように灯摩に抱きついてきた。
「ななななな何だよ!!??いきなり?!っいうか、三人とも放してくれよ!!」
さすがに恥ずかしくなって、灯摩は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
言われてウィンリアとユーリンは離れ、少女も意外と素直に離れた。
「うは〜。照れちゃってる〜。ユメリティアルシェルシャ〜。」
ぴょんと飛び跳ねて再び利羅の近くに戻る。
「夢…?」
少女が言った台詞の意味が分からず、灯摩は小首をかしげた。
「“恥ずかしがりやさん”って言ったんだよ。こいつ自慢のお国の古語。」
利羅が呆れたように言い、少女の頭をポンと叩いた。
「ほら、美癒。いいかげん自己紹介しろ。」
そう言いながら頭をグリグリとかき撫でる。
美癒と呼ばれた少女は、は〜い。と元気良く返事をして可愛くくるりと一回転した。
「はじめまして!私の名前は鵤 美癒(いかるが みゆ)!2月14日生まれのB型!!大国シャルンティアレのガブリエル教会に仕える神子さまで〜す!!シャンハ〜リア!!」
またでた古語に全員が利羅に視線をやると、利羅は“よろしくね”だと呟いた。
「こっちもシャンハ〜リア〜。」
「シャンハ〜リア〜。」
意味を理解したウィンリアとユーリンが楽しそうに真似をする。
そんな二人に、美癒はきゃ〜と言いながら抱きつく。
「何か、神子っぽくない子だな…。」
その横で灯摩は利羅にこっそり話し掛けた。
「あぁ。ぶっちゃけアテナに来て神子があの喜癒だったって知った時は、俺もマジでびびっちまったしよ…。神子ってのは本来喜癒みたいな大人しい奴がやるもんだよな?
まぁでも、あんなテンションのおかしい女だけど、神子に決まった時の支持率はものすごかったんだぜ。世の中ってわかんねぇよな…。」
呆れたように利羅は溜め息をもらした。
そんな男性陣など目にも入っていない様子で、少女たちはきゃーきゃーとはしゃいでいる。
「何だか私たち、いい友達になれそうね!」
「うん!私アテナではまだ女友達できてないのよ〜。でも今、ついに二人も同時にお友達ができたわ〜♪」
「うふふ。私も嬉しいです。他国の、しかも神子さまとお友達になれて。」
明るい二人の中で一人だけ礼儀正しい喋り方のユーリンが目立っている。
そのことで、灯摩はあることを思い出した。
「そうだ。ユーリンちゃん。」
声をかけると、全員が振り向く。
「ユーリンちゃんって、ハンターの仕事する時は性格変わるのかい?」
そのまま続けて問う。
するとユーリンはキョトンとした顔をして首をかしげた。
「え…?そんなことないですけど…。」
言いながらう〜んと唸ってみせる。
ユーリンのその反応に、今度は灯摩とウィンリアが先程のユーリンのように首をかしげる。
「………でも、私と初めて会ったときはもう少し砕けた喋り方してたじゃない?」
ウィンリアが呟くが、ユーリンはまるで覚えてない様子で唸り続けた。
そのやりとりを見ていた美癒も同じように唸り始める。
そして何かを思いついたようにポンと手を叩き、ユーリンのメガネに手をかけた。
「きゃっ!どうしたんですか?美癒さん!突然何するのよ!!」
そのままメガネをはずすと、その場にいる全員が分かるくらいはっきりとユーリンの口調が変わった。
ユーリンは美癒からメガネを取り返そうとする。
「ちょっとぉ!それないと私やばいんだから!!ねぇ!!」
「ほい!」
慌てるユーリンに、美癒はメガネをかけ直す。
「もう!びっくりしたじゃないですか、美癒さん!今度からはやめて下さいよ?」
メガネのずれを戻しつつ口調の戻ったユーリンは頬を膨らませる。
そんな彼女の面白い言動に、全員が必死に声を押し殺して笑う。
ユーリン本人だけは、何故皆が笑うのかが分からず、ただおろおろするだけである。
美癒のファインプレーによって、ユーリンの二重人格が判明した。
「うふふふ。アテナにはこんな面白い子がいるのね。」
そして笑いながら、美癒はボソリと呟いた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
ユーリンちゃんの二重人格判明です。
そこまで言うほど二重人格でもなさそうですが。
新キャラ・美癒。
どうなっていくでしょう?
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