暗器を構え、利羅はジキタリスを睨んだ。
そんな彼に対して、ジキタリスもロッドを構える。
「とことん邪魔してくれるわよね。人間は。」
構えたままジキタリスが笑った。
彼女の眼には、利羅の後ろに追いついてきた秋斗と背中に背負われた美癒が映っていた。
ジキタリスは何かを諦めたように構えていた武器を下ろした。
以前はバーサーカーを引き連れていたが、今の彼女は一人。
現在の状況を考えると、武器を持っていないにしろ、ウィンリアやユーリンを含めて5対1だ。
彼女にとって分が悪いのは鮮明であった。
溜め息を付くジキタリスの前に、秋斗が進み出た。
「まさか逃げられると思っているのか?」
彼の問いに、ジキタリスは首を横に振った。
「いいえ。でも、ここで簡単に捕まってやろうとも思ってないわ。そこまで頭が働かないほど、私は馬鹿じゃないわよ。」
言ってジキタリスはパチンと指を鳴らした。
その瞬間。
彼女の周りに黒く大きな影が三体現れた。
禍々しい気。
ジキタリスはバーサーカーを呼び出したのだ。
「B245はそちらの長髪を、B246はあちらの軍人を、そしてB247はこちらの忍者少年を。どれもなかなか美味しそうよ。あんたたちの好きにしなさい!」
叫び、もう一度パチンと指を鳴らす。
それを合図に三体の巨大なバーサーカーは彼女に指示された通りに3方向へと飛び散った。
「!!」
中でも一番強そうなバーサーカーはドルリアに向かっている。
先ほどの少しの戦闘で、ジキタリスは彼が一番注意する人物であると判断したようである。
B245と言われたバーサーカーは、力任せにドルリアに体当たりを仕掛けていく。
それをすんでのところでドルリアは避けた。
「くっ!」
しかしその場からドルリアを遠ざける事には成功し、ジキタリスがユーリンを狙う事を妨害する為に必要な通路は塞がれた。
かわって秋斗。
彼に向かわされたのは三体の中で一番素早そうなバーサーカーだった。
秋斗は背中に美癒を背負っている。
そのせいであまり早く動けないのは見て分かった。
B246と呼ばれたそのバーサーカーは、口から火球を放った。
「…っ!『防壁』!!」
秋斗は咄嗟に短く詠唱をし、自らを護る大きな天術の壁を作り出した。
そんな彼に、B246は二度目の火球を吐く。
今度は秋斗は高く飛び上がった。
少女を一人背負っているにもかかわらず、かなりの跳躍力である。
「『風跳烈下』!!」
飛び上がったまま今度は少し長めの詠唱を唱える。
すると彼の体の周りに激しい風が起き、飛び上がった秋斗を見上げていたB246に向かって大きな衝撃とともに突撃した。
もろにくらい、B246は地に伏す。
秋斗はその間にウィンリア達のもとに向かって走り、背負っていた美癒を二人に託した。
「頼む、二人共。」
差し出した美癒をウィンリアが抱きかかえたのを見て、秋斗はそう言いまたB246に向かって走っていった。
一方利羅に向かって来たのは、三体の中で一番小さいバーサーカーだった。
しかし小さいといっても利羅の二倍はある図体をしている。
その口には鋭利で図太い牙があり、ひっきりなしに利羅に向かって突撃を続けてくる。
利羅はそんなバーサーカーからひょいひょいと避けていく。
彼が身軽なのもあり、B247を翻弄させるには余り時間は掛からないようだ。
ただドルリア同様、ユーリンたちからはどんどん距離をおかされて行く。
そんな男性陣三人と自身の放ったバーサーカー達の戦闘を暫く見ていたジキタリスは、ふぅと落ち着くように溜め息をついてからロッドを構えてユーリンとウィンリアに近付いていった。
しかし周りで巨大なバーサーカーが暴れている為、二人にはジキタリスの足音が聞き取れなかった。
ただ美癒を二人で抱きしめ、せめて邪魔にならぬようにと壁によりかかって小さくなっている。
ジキタリスの進む速度が速くなる。
ロッドをくるくると回転させ、鋭利な部分をユーリンに向ける。
トンッ。
そのままジキタリスは高く飛び上がった。
目標はユーリン。彼女の首。
その時やっとジキタリスの動きに気付いた者がいた。
すぐ隣でタイミングよくジャンプした利羅だ。
空中で二人は交差した。
「!!」
利羅が見たのは、涙を浮かべたジキタリスの真紅の瞳だった。
「――――っユーリン!!上だ!!避けろぉぉお!!」
空中でその身を回転させ、暗器を投げながら利羅は叫んだ。
「ッ!!」
彼の叫び声に、ユーリンはバッと上を見上げた。
彼女の目に飛び込んで来たのは、自身に向かって空中から落下しながら迫ってくるジキタリス。
次の瞬間、少量の血しぶきがあがった。
その血はユーリンの物ではない。
ジキタリスがユーリンを狙って突きたてたロッドの鋭利部分は、彼女とユーリンの間に立った秋斗の左腕に刺さっていた。
ユーリンはと言えば、彼の懐にすっぽり納まって震えている。
秋斗は利羅の叫び声を聞いて、天術を使いユーリンを助けに向かったのだ。
しかし到着した時点で先ほどの天術の壁を作り出す時間も、ユーリンをつれて逃げる時間もなかった為、その左腕を壁にしたのだった。
「――った…隊長…さん?」
やっと自分の置かれている場所に気付いたユーリンが、血を流す秋斗の左腕に気付き顔を青くした。
「ぐ…。」
響くのは苦しそうな声。
それを発したのはジキタリスだった。
彼女の背中には利羅が投げた暗器が刺さっていた。
ドドー…ン。
後ろでは何か大きな物が倒れる音が…そう、三つ。
ジキタリスが振り返ると、先ほど彼女が仕向けた三体のバーサーカーが三つの生命チップになっていた。
けれどその生命チップもカシャンと音をたてて消滅した。
ドルリアが片手を前に突き出した状態でジキタリスを睨む。
どうやら彼が天術で片付けてしまったらしい。
「……フ…フフフ…フフフアハハハハ!!」
背中に刺さった暗器を引き抜き、立ち上がりながらジキタリスは高らかに笑った。
秋斗の左腕に刺さったままだったロッドは、ずっと音を立てて抜かれる。
狂ってしまったのかと思わせるほど、彼女の笑う顔は恐ろしかった。
利羅は先ほどの美癒を思い出し、眉間にしわを寄せる。
「本当、負けたわ。完全に負け。オリジナルさんがいるんだもの。やるだけ無駄だったわね!」
彼女の言う『オリジナルさん』が誰のことかなど、誰にも分からない。
ジキタリスは右手を上に挙げ、パチンと指を鳴らした。
カシャーンッッ!!
それを合図にか、廊下にある一枚の大きな窓ガラスが割れた。
「!!な!!」
「チッ!!」
割れた窓ガラスに向かって走るジキタリスに、焦って秋斗は走った。
しかしすんでのところで追いつかず、伸ばした右手は空気を掴んだだけだった。
ウィンリア達も慌てて窓に向かう。
ジキタリスはそんな彼女達を嘲笑うように目を細め、窓から飛び降りた。
「……………。」
一瞬、全員の動きが止まった。
「…ちくしょぅ…また逃げられた…。」
その沈黙を最初に破ったのは利羅だ。
そんな彼の横で、ウィンリアとユーリンは互いの無事を確認するように抱きしめあった。
しばらく窓の外を見ていた秋斗は、振り返ってドルリアを見た。
「………どうやら彼女が、以前ウィンリア達を襲ったバーサーカーの少女らしい。」
ドルリアは秋斗にそう言い、壁に寄りかかったままになっている美癒を見た。
「美癒を連れ帰って来たんだな。」
「あぁ。どうもこの娘、色々な事を知っているみたいだ。リトレアは?」
傷付いた左腕をマントで止血しながら秋斗は問う。
彼のその言葉に、ドルリアは一瞬悩んだが口を開いた。
「リトレアは喜癒くんと一緒に、執務室でこの娘が仕掛けていった降魔と戦ってる。早く加勢に行かないといけないが…お前その傷…。」
今度は秋斗が目を見開く。
「バッ!!―――っくそ!時間食った!!」
そう言ったかと思うと、秋斗は執務室に向かって走っていった。
「ちょ、おいおっさん!!そんな怪我で行く気かよ?!おい!!」
利羅は慌てて秋斗に呼びかけるが、最早秋斗は声の届かない距離まで行ってしまっていた。
そんな彼に、秋斗の代わりにドルリアが声をかけた。
「…利羅くん…でいいんだよね?」
「え?あ、うん。そうだけど。」
ずっと城で過ごしていた利羅だったが、意外にもドルリアとは初対面だった。
「…君に頼みがあるんだ。その美癒ちゃんとウィンリアとユーリンちゃんを連れて、今日君たちが遊ぶ為に使っていた部屋に逃げてくれないか?俺はこれから城の中を回ってこないといけない。少しでも時間の短縮をしたいんだ。」
真剣な眼差しで訴えてくるドルリアに、自然と利羅の表情も真面目になる。
「部屋についたら鍵を閉めて、出来るだけそこから出ないでくれ。わかったかい?」
肩をポンと叩かれ利羅はコクリと頷いた。
彼の反応を見たドルリアは、にっこりと笑うと立ち上がって秋斗が向かった方へと走っていった。
「ユーリン、ウィンリア行こうぜ。」
美癒を背負いながら利羅は二人に声をかけた。
「うん。…でも利羅…、美癒は…。」
返事はするものの、ウィンリアとユーリンの視線は美癒に向けられていた。
利羅は首を横に振った。
「今はこんなとこでもたもたしてる場合じゃねぇよ。とにかく早く部屋に行こうぜ。話はそこでするから。」
そう言って、利羅は足早に歩き始めた。
頭に疑問符を浮かべていたウィンリアとユーリンだったが、彼の言う通りにして後に続いて歩き始めた。
その時、一度だけユーリンは秋斗のことを思って振り向いたが、もちろんそこには荒れた廊下と割れた窓ガラスしか残っていなかった。