四人が部屋についたのは数分も経たない内だった。
利羅は窓を閉め、全ての鍵も閉めてから美癒をベッドに寝かせた。
振り返ると、ウィンリアとユーリンは真面目な顔で利羅に早く話すように訴えていた。
利羅はふぅと溜め息をつく。
手近に合った椅子をひっぱり、利羅はそれに座った。
「説明しなきゃいけないことは色々あるんと思うけどよ?何から話してほしいんだ?」
同じように椅子に腰掛けたウィンリアとユーリンに切り出す。
先に口を開いたのはウィンリアだ。
「単刀直入に聞くわ。美癒にいったい何があったの?」
彼女達は美癒の裏など知らない。
純粋に美癒のことを心配しているのだ。
利羅は言うのを躊躇ったが、口を開いた。
「先に言っとく。美癒はお前らの味方じゃない。多分今は…な。」
二人が目を丸くする。
利羅はあえて気にせず、話の続きをし始めた。
「さっき美癒が俺をつれてこの部屋から飛び出したのは、帰るためじゃない。逃げるためだ。」
ちらりと美癒に目をやる。
「まぁ、本人は帰るつもりだったんだろうけどな。そう簡単には帰れなかった。秋斗さんに捕まったんだ。俺は美癒を連れ帰るっていう秋斗さんについて戻ってきたってわけ。あとは分かるだろ?」
二人は少しだけ黙っていたが、またウィンリアは発した。
「簡単な経緯がそれってことね?でも何で?何で美癒が秋斗おじさんに捕まえられなきゃいけないの?そりゃ城の中を散々かき回したりして迷惑掛けたのかもしれないけど、そんなことで捕まえられなきゃいけないわけないじゃない。どうして?」
「その辺は、まぁ俺の推測になっちまうんだけどさ。美癒は秋斗さんや国王達が話していた会話を盗聴してたんだ。テープを聞かされたから間違いねぇよ。
ここに来るまでに秋斗さんに少しだけ聞いたんだけど、一回や二回じゃないらしい。何のためにそんな事をしたのかを知る為ってだけでも、十分な理由じゃねぇか?しかも美癒は…。」
言いかけて黙る利羅の次の台詞を二人は待った。
「美癒は…大量のバーサーカーをこの国に送り込むっていう誰かの策略に加担してる可能性もあるんだ。」
ウィンリアが勢いよく立ち上がった。
「な?!嘘?どういうこと?!」
「俺だって最初は信じたくなかったけどよ?俺は美癒本人から聞いたんだ。美癒が言ってただろ?明々後日の五時には家の中にいろって。あれは一応の忠告だ。バーサーカーの大群がこの国に向かって今も侵攻中だって美癒が…そう聞いたって言ってたんだ。」
聞いてウィンリアは口を手で押さえた。
「…そう言えば…さっきの子、美癒を探してたわ…。」
隣ではユーリンが真面目な顔で眉間にしわを寄せている。
「じゃあ…明々後日にはバーサーカーがこの国に…。」
起こりうる悲惨な状態を想像し、ウィンリアは顔を青くする。
大群というのだから数は凄いのだろう。
もし本当にバーサーカーの大群がアテナ王国に攻め込んできたなら。
現在バーサーカーハンターの仕事をしている者ならもしかすると勝ち残れるかもしれないが、それ以外の人間だって沢山いる。
学校へ通う小さな子供、花を育てる事を日々の楽しみにしている老人、今日生まれたばかりの赤ん坊。
もしそんな人々が襲われたら。
アテナ王国は地獄と化すかもしれない。
「……どうすれば…どうすればバーサーカーを止められるのかな…?」
ウィンリアの横でユーリンがポツリと呟いた。
その後バッと顔をあげ、利羅に詰め寄る。
「ねぇ?!どうすればバーサーカーは!!」
ユーリンは必死な様子でガクガクと利羅を揺さぶる。
「俺が知るかよ!!」
そんなユーリンを振り払って利羅は叫んだ。
「……ユーリン、どうしたの?」
先ほどと目の色の違うユーリンにウィンリアが問うと、ユーリンは椅子にガクリと座った。
「あの子…私を殺すって言ってた。まさか…私を殺すためにバーサーカーは…。」
「それはねぇよ。」
ユーリンの推測に、即座に利羅が返す。
「バーサーカー達はこの国自体を滅ぼす為に来るんだ。…それに、お前を狙ってるのはさっきのあいつだけだぜ?」
ウィンリアが入る。
「ジキタリス…って言ってたわね、あの子。ユーリン。あの子に何か面識は無いの?」
問われるがユーリンは首を横に振った。
「分かんない…。あの子にはこの前初めて会ったし、バーサーカーに知り合いなんているわけないでしょ?」
遂には涙ぐんでくる。
そんなユーリンに、ウィンリアは何も返せない。
暫くの沈黙。
ふと利羅が口を開いた。
「…さっき…さ…。俺、あいつの眼を見たんだ…。」
ウィンリアとユーリンは彼を見る。
「真っ赤な…真っ赤な眼をしてた。」
…赤眼(せきがん)。
この国、ひいてはこの世界にはごく稀にしか生まれない赤い眼を持った人々がいる。
現在でこそその考えは改められようとしているが、一般には悪魔の子として虐められ疎ましがられている存在だ。
「ユーリン、お前赤眼だった知り合いとかいないのか?まさかお前、そいつを虐めたり恨みを買うようなことしたんじゃ…。」
「馬鹿言わないで!!」
ユーリンが涙を貯めた瞳を大きく見開いて叫んだ。
「私はそんなことしない!そんな知り合いだっていないって言ってるじゃない!本当に分からないのよ…本当に…。」
とうとうユーリンは俯いて泣き始めてしまった。
そんなユーリンの代わりにウィンリアが利羅に話し掛けた。
「利羅くん。ユーリンはさっきの事で混乱してるのよ?そんな風に言うのは良くないわ。…それに、ジキタリスを庇うわけじゃないけど…眼の色なんか関係ないでしょ?」
言われ利羅は少し悲しそうな顔をする。
「関係ないって…本気で言ってるのか?赤い眼は皆が毛嫌いしてるんだぞ?」
「だから何よ?眼の色が赤だろうが青だろうが黄色だろうが、いい人はいい人だし悪い人は悪い人でしょ?あんた、男のくせにそんな細かい事気にしてるわけ?!」
「………。」
彼女の言葉に、今度は利羅が泣きそうな顔になった。
思いがけない事にウィンリアは少し焦る。
「えぇ?!ちょ…ちょっと利羅くん。何であなたまで泣くのよ?ちょっと?!」
慌てて言うが、利羅は浮かんできた涙をぐいと拭い、ふっと笑った。
「いや…ごめん。ありがとな…。」
「?え、うん?」
何故お礼を言われたのか分からないが、とりあえず頷く。
利羅はユーリンの肩をポンと叩いた。
「ユーリンもごめんな…。変な事聞いちまって…。」
コンコン…。
その時ドアを誰かがノックする音が響いた。
「!!」
つい声を出しそうになったウィンリアは慌てて口を塞ぐ。
誰か分からない為、下手に返事はできないのだ。
三人は沈黙する。
「ウィンリアさん、利羅さん、ユーリンさん。僕です。喜癒です。」
そんな中にほわわんとした喜癒の声が響いた。
一気に緊張がとぎれ、三人からガクリと力が抜ける。
何とか力をふりしぼって利羅が鍵をあけると、ひょいっと喜癒が顔を出した。
「皆さん、終わりましたよ。降魔は僕達が倒しました。」
喜癒の足や腕に数箇所のかすり傷が確認できたが、特に疲れているようには見えなかった。
喜癒はふと部屋の中を見回し、美癒の姿を確認するとにっこりと笑った。
「国王様達が大切なお話をするそうなので皆さん来てください。」
言いながら美癒のところに進み、おもむろに何個かの枷を取り出す。
そしてためらうことなくその枷を美癒の手足首にとりつける。
少々驚く三人に、喜癒は振り返って笑った。
「さぁ早く。執務室は使えないので、会議室ですよ。この『女』は僕が運びます。」