第一話
「嘘だよ…。こんなことって…無いよ…。」
僕は今まで目の前にいた人が消えていくのを見ながらそう呟いた。
無力な僕は、ただただ頼りなく涙を流すしかなかった。
どうして気付いてあげられなかったんだろう。
どうして他の方法を考えられなかったんだろう。
僕は…最低だ…。
僕は…。
心の中で何度も何度もごめんなさいを繰り返した。
それは今から16年前。
忘れられない16年前の悪夢の日の出来事だった。
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深い…。深い森。
普段なら静まり返っているはずのこの森に、この日だけはざわざわと不穏な音が響いていた。
タタタタタ…。
駆け抜ける青年の足音。
ザクッ。ギキィン。
刃と刃が交わる音。
ピシュッ。スタンッ。
その中に混じるように響く弓の音。
しばらくの間続いたその音は、時間が経つに連れて音と音との間隔が長くなり、やがて消えていった。
その音が消える時は、必ずと言っていいほど人でない者の断末魔が響く。
つまり、刃や弓の音は狩りの音なのである。
この森でもたった今まで狩りが行われていたのだった。
「…ふぅ…。」
それまで剣を振るっていた緑髪の青年が一つ小さな溜め息をついた。
「やっと終わったね〜。さすが上級バーサーカー!ねばるねばる!」
その青年に近付きながら、先ほどまで弓を射っていた黒髪の少女が話し掛ける。
この世界に生きる人々は、狩りの対象とされる異形の者をバーサーカーと呼んでいる。
この二人は狩りを生業としているバーサーカーハンターだった。
青年の名は柊 灯摩(ひいらぎ とうま)、少女の名はウィンリア・バーンズといった。
「そうだな。でもこれでしばらくはカップラーメン生活とおさらばだ。」
バーサーカーを倒した証である地に落ちたチップを拾い、灯摩は満面の笑みを浮かべた。
「も〜!だから灯摩ちゃんうちにご飯食べに来ればいいのに!うちのお父さんのご飯好きでしょ?」
灯摩の台詞に意見しながら、ウィンリアは灯摩にぎゅっと抱きついた。
「駄目だって。今までものすごくお世話になったんだから、この年になってまですがれないだろ。」
抱きついたままのウィンリアを軽くあしらいながら、灯摩は歩き出す。
「もう〜、堅物なんだから灯摩ちゃん…。」
ウィンリアも頬を膨らませながらも彼の後について歩き出した。
「それでは今回の報酬金になります。お疲れ様でした。」
先ほどの森から一番近くの役所に着いた二人は、チップと交換に報酬金を受け取っていた.。
これがこの世界の常識である。
財布がピンチな灯摩と札束とは無縁なウィンリアは、ひさびさの膨れた茶封筒にご満悦であった。
「ねぇねぇ灯摩ちゃん。この後うち来ない?今日はお父さん、から揚げ作ってくれるって言ってたの!沢山作るって言ってたから、食べにおいでよ!」
彼女はどうあっても灯摩を自分の家に招きたい様子である。
勿論その裏には淡い恋心があるのだが、灯摩自身は全くもって彼女のラブコールに気付いていないのだった。
「ウィンリア。さっきも言っただろ?この年になってまでお世話になれないって。」
決して嫌だからではなく、あくまでも家族の団欒を邪魔しないようにと気を使っている。
「だ〜か〜ら〜!……じゃあいいわよ!待ってて!!」
遂に痺れをきらしたウィンリアはポケットから携帯電話を取り出し、若者特有の高速メール打ちで誰かにメールを送った。
そして送信後間もなく、その携帯に電話が掛かってきた。
「はい!うん、そう!お母さんからも言ってやって!」
そう言って携帯を灯摩に突きつける。
一方の灯摩は彼女の口からでた『お母さん』という単語に必要以上にビビっていた。
何を隠そう灯摩に剣術を教えたのは、彼女の母親なのだ。
別に恐ろしい女性でも話しにくい女性でもないのだが、何というか彼女のテンションにはついていけないところがあるのである。
しかし自らの師匠である人からの電話を断る事も出来ず、灯摩はしぶしぶ電話を受け取った。
「もしも…。」
「灯摩ちゃん!?あんたまた何だかんだ遠慮してくれちゃってるんだって?!うちは灯摩ちゃんにとって第二の実家だと思えって昔からあれほど言ってるでしょうが!?私もドルもバリバリ歓迎しちゃうんだから、とっとと来てそして一緒にビール飲むのよ!!」
ガチャリッ。ブチッ。
灯摩がもしもしを言い終わる前に、相手側は言いたいことだけを言ってとっとと電話を切ってしまった。
「…………。」
「灯摩ちゃん?どうしたの?…ま、いいや!早く行こ行こ!!」
隣で立っていたウィンリアも灯摩に呆然と立ち尽くす暇も与えず、彼をずるずると引っ張って歩き始める。
補足であるが、ウィンリアは近所でも評判の「母親似」なのであった。
役所前から徒歩で30分歩いたところが、ウィンリアの家であった。
両親にウィンリアの計三人家族が暮らしている、二階建てのマイホームである。
途中まで引きずられていた灯摩だが、流石に女の子に引っ張られているのも恥ずかしくなってきて今では自分で歩いていた。
「ただいま〜。灯摩ちゃんつれて来たよ〜!」
玄関の扉を開けながらウィンリアが威勢良く叫んだ。
途端、家の奥からドタドタドタと物凄い足音が聞こえてきた。
その音に驚いている暇もなく、気付いたときには目の前にウィンリアと同じ綺麗な黒髪の女性が立っていた。
名前は趣 冬(おもむき ふゆ)。時折ウィンター・バーンズとよばれていることもある。
昔は高校の美術教師をしていたが、美術と同じくらい豊富な国語の知識を発揮して現在は進学塾の国語教師をしている。
「いらっしゃいv私の可愛いお弟子ちゃん☆」
にんまりと笑い、娘の前であるにも関わらず思いっきり灯摩の胸にダイブする。
これが彼がウィンリアの家に来て一番最初に受ける洗礼である。
そしてその後にほぼ99%の確率で…。
「いらっしゃい灯摩君。お勤めごくろうさま。…コラコラ冬、灯摩君困ってるだろう?」
この家族の中で唯一まともな会話の出来るウィンリアの父、ドルリア・バーンズがエプロンで手を拭きながらでてくるのである。
彼はフリーのコンピュータープログラマーであって、決して専業主夫なのではない。
ただしこのバーンズ家においての炊事洗濯と言った様々な家事は、彼が担当していた。
灯摩にとっては親子ほど年は離れていないものの、昔から父親のような兄のような存在だった。
「あ、ドルリアさん。おじゃまします。」
灯摩がペコリとお辞儀をするのと同時に、冬は灯摩から離れてドルリアに抱きついた。
「今丁度唐揚げが揚げあがった所よ。手を洗って来なさいね〜。」
「は〜い。」
母親からの指示に素直に従って、ウィンリアはすたすたと手洗い場に向かっていく。
「ほら、灯摩君も。早くしないと折角出来たばかりの唐揚げが冷めるからね。」
冬に抱きつかれていることなど気にも止めない様子で、ドルリアが灯摩に促す。
※この、人呼んで『気にしない戦法』は灯摩も見事に受け継いでいる。(対象は主にウィンリア)
「あ、はい!じゃあ…。」
そう言って灯摩もウィンリアの後を追った。
「っっ美味っし→!!」
ウィンリアが唐揚げを頬張ったまま頬っぺたを桃色に染める。
「お父さんの唐揚げ天下一品!」
そう言ってバクバクと何かにとりつかれたように唐揚げを口に突っ込む。
「こらこら、もう少し落ち着いて食べなさい。はしたないぞ。」
「何言ってるのよドル。成長期の子供はこのくらい食べた方がいいのよ。」
全く正反対のことを言っているドルリアと冬を見ていた灯摩は、ついふきだす。
灯摩にとってこの家で一緒に食事しているこの瞬間が、生きているうちで一番幸せだった。
「灯摩ちゃんも笑ってないで!一杯食べて!」
ウィンリアに押し当てられる唐揚げも、恥ずかしげもなく口に運べる。
「そうだ灯摩くん、唐揚げで思い出したけど頼み…聞いてくれるかい?」
口一杯に唐揚げを頬張った灯摩にドルリアが声をかける。
灯摩は口の中の物をすぐに飲み込んで、何ですか?と答えた。
「このお漬物を明日、リトレアに届けてほしいんだ。」
「リトレアさんにですか?」
手渡されたタッパーからはドルリア特製のきゅうりの漬物の匂いがする。
「以前あげたのがもう無くなってしまったらしくてね。頼めるかな?」
訊かれて灯摩は匂いに夢中になっていた自分を振り払って、ぶんぶんと頷いた。
「お安い御用ですよ!あの…その代わりって言ったら嫌らしいんですけど…、俺も今度これ少し頂けますか?」
和食派な灯摩は漬物が好物であった。
「あぁ、いいよ。沢山作ってあげるからね。」
その言葉に灯摩は満面の笑顔をみせた。
「灯摩ちゃんったら、若いのに味覚が大人ね〜。」
冬が灯摩をからかって笑った。
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TC第一話です。
まだまだ開始したてということでほのぼの日常な感じになりました。
この後ゆっくりじんわりシリアス展開になっていく予定ですが、それまでに主要キャラが6人ほど増えますです。(ネタバレかい)
基本的にひと月に1〜2話UPしたいと思ってます。
完結はおそらく冬頃です。(予定では)
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