「ではまず…。どうぞ!」
言いながら灯摩はずっと手に持っていたタッパー入りの袋をリトレアに差し出した。
「ひゃはっ♪ありがとう〜!」
それを受け取りながら、リトレアは無垢な笑顔を見せる。
今年で31歳になる青年とは思えない若さと性格である。
「ん〜。懐かしい香り。兄様腕は落ちてないね。」
笑いながらパクパクと食べ始め、横で秋斗も無言で突っついている。
「おじさん達お父さんの作るもの何でも好きなんだね〜。」
ウィンリアが笑いながら言う。
「勿論だよ。俺達は兄様の料理で育ったも同然だもん。」
「ウィンリア。お前の母親の事いうのは悪いけど、姉貴は本っ当に料理下手だからな。俺達にとってはドル兄だけが生きる糧を作ってくれる人だったんだ。」
二人の言葉にウィンリアはそこまでいうほど〜?と笑って返すが、実際に冬の料理を食べた事のある灯摩は苦笑いを浮かべていた。
「そうだ。俺二人に頼みたいことがあったんだ〜。」
タッパーの蓋を閉めて、リトレアが切り出した。
「?何ですか?」
灯摩が問うと、リトレアは懐から紙を一枚出して差し出した。
紙には『ルシフェル教会・新神子公開式』と書いてある。
「これって、今度新しく決まった教会の神子さんのお披露目会の資料ですか?」
「うん。国王として俺と…あと秋斗も参加することになってるんだ。」
リトレアは紙をパラリと裏返した。
「以前の神子だった男の子が、原因不明の病にかかって急死したのは知ってるよね?実はどうしてだか分からないけど、うちの国の管理しているルシフェル教会の神子だけが皆同じ理由で亡くなってるんだよ。」
「あ〜ニュースでよく特集やってるよね!私あれは絶対ルシフェルの祟りだと思うな〜。だってこの前習ったけど、ルシフェルって追放された天使なんでしょ〜?…あてっ!」
灯摩がウィンリアの頭を軽く叩いた。
「何言ってるんだよ。そんな非科学的な。ねぇ?リトレアさん。」
しかし、リトレアと秋斗は真面目な顔で首を横に振った。
「ウィンリアちゃんの言う通り。最近では皆そうだと思ってるみたいなんだ。だから今回新しい神子を決めるのにもかなり苦労したみたい。だって皆怖がってるから。」
「…でも…、決まったんですよね?何ていう子なんですか?」
灯摩が訊くと、リトレアは俯いた。
「今は入院中の牧師さんの養子の、喜癒(きゆ)君って子だよ。何でも13年前のクリスマスの日の夜に、教会の前に捨てられてたんだって。もともと孤児だし喜癒君本人も了承したから、決まったんだって。」
それを聞きウィンリアが顔をしかめる。
「何それ!孤児っていうのが理由なの?」
「まぁパッと聞いた限りではそう考えるよな。死んでも誰も悲しまない。家族もいないし家もない。唯一のよりどころの牧師は病の床についてる所為で口出しできない。可哀想だ。」
落ち着いた口調で秋斗が言う。
「俺も遠征先で新神子決定の報を受けた時はそう感じた。だから予定より早かったけど帰ってきたんだ。
でもよく考えてみると、今までの13年間ずっと牧師の元で勉強しながら育ってきた子だし、もし孤児でなかったとしても、彼にやってもらうしかなかっただろうな。」
チラリとリトレアに目をやると、リトレアは頷いた。
「その…神子って絶対決めなきゃいけないんですか?俺前から思ってたんですけど、無理してまで決めることは…。」
灯摩が言うが、リトレアはそういうわけにはいかないんだよ。と返した。
「とにかく、もう決定しちゃったからね。俺もこの前一度本人に会って確認したけど、すごく嬉しそうな顔で「僕のような子供が神子に選ばれる事が出来て光栄です。」って言ってたから…許可印を押したんだ。」
それを聞くと灯摩もウィンリアも何も言わなくなった。
「それで、結局私たちに頼みってどんなことなの?」
ウィンリアがずれていた話を戻す。
「うん。その神子に決まった喜癒くんなんだけど、ずっと教会周辺から遠くには言った事がないらしいんだ。つまり世界を知らないって事。それでお披露目会の前日に街を散策することになったんだけど、やっぱり大切な神子だからね。護衛をつけようと思ってるんだ。」
「その護衛を俺たちに?」
「その通り。」
にこっと微笑んでリトレアは頷いた。
「本当はうちの衛兵をつけるべきなんだろうけど、13歳の男の子にとっては自分の2倍も年をくってる人たちに囲まれたんじゃ散策しにくいだろうからね。年が近くて戦術もわきまえてる知り合いって言ったら、俺にとっては君達二人だけなんだよ。…どうかな?」
問われて灯摩は少し考えてから頷いた。
「いいですよ。何より王様の頼みですからね。」
「じゃあ私もOK!灯摩ちゃんがやるんなら!」
ウィンリアも了承して、手を上げた。
二人の反応にリトレアと秋斗はホッとした。
「ありがとう!お礼はちゃんとするからね!」
灯摩とウィンリアの手を取り、リトレアは謝礼する。
秋斗も言葉には出さないが一度会釈するように頭を傾けた。
「若いのは威勢がよくていいな。」
そしてそう呟いたのだった。