ウィンリア達は、連絡を受けてから数十分も経たない内に城へと到着していた。

途中で会った兵にリトレア達の居場所を訊くと、今までも何度か会議室として使われた執務室に案内された。

その時、千早は麻和と緒巳をつれてその場を離れた。

夏南とウィンリアがノックをしてから入ると、室内はまさに沈黙に包まれていた。

「…っく…うぅ…ふぅ…う…ぅう…。」

しかし全員が沈黙している中、美癒だけが座り込むようにして号泣していた。

「…美癒…?…!灯摩ちゃん!!」

そんな彼女を不思議そうに一瞬見つめたウィンリアだったが、すぐ隣にいた灯摩に声をかける。

そこでやっとウィンリアは気付いた。

父が。ドルリアの姿が無いのだ。

「…灯摩ちゃん…?お父さんは…?」

彼の腕を持って詰め寄るが、灯摩は何も答えずに俯くだけだった。

「………美癒ちゃん。泣いててもしょうがないよ。」

そんなウィンリア達を尻目に、リトレアが発した。

彼のセリフに、美癒は顔を上げる。

「明日。明日シャルンティアレに一緒に行こう。本人に確かめる為に。あの女に本当の話を聞く為に。」

何か哀れみを感じさせる言い方に、ウィンリアは視線をやった。

美癒は首をぶんぶんと振って、自分の肩を抱きしめる。

「……いや…怖い…。本当のことなんか…知りたくない…。私は…シャニーナ様を…。」

正直、二人のやりとりの理由がウィンリアと夏南には分からなかった。

リトレアはそんな美癒に近付いて、彼女の肩を持った。

そして懐からハンカチをだして、彼女の涙を優しく拭う。

「……わかった。…君が落ち着くまでなら…いくらでも待ってあげるから。決心がつくまで待ってあげるから。」

優しく頭を撫でられると、美癒はわっと大声を出して再び泣き出し、リトレアに抱きついた。

「…リトレア。どうするんだ?」

そんなリトレアに秋斗が声をかける。

彼の呼びかけにリトレアは美癒を支えながら立ち上がった。

「今は美癒ちゃんに落ち着いてもらおう。このままじゃあんまりにも不安定だよ。……夏南、千早は来てる?」

ここで初めて夏南に話が振られた。

「あ、あぁ。今は麻和と緒巳をメイドの人たちに預けに行ってる。もう少ししたら来ると思う。」

「わかった。じゃあ千早が来たら一緒に第12客室に来てもらえるかな?とりあえず詳しい話は後でするよ。」

リトレアの依頼に夏南は頷く。

と、そこへ丁度良く千早が来た。

「ねぇ、あのことは結局どうなっ…。……美癒ちゃん…?」

千早は入ってくるなり美癒の顔色の悪さに気付いた。

「良かった、千早。ちょっといいかな?今美癒ちゃん、少し心が不安定なんだ。看てあげてほしいから、夏南も一緒について来て。」

リトレアの真面目な顔に千早は何かを察し、頷くと美癒に寄り添った。

そして美癒をつれてリトレア達は部屋を出て行った。

「……ねぇ、灯摩ちゃん。何があったの?」

問うてみるが、灯摩は黙ったままである。

「…ねぇ!ねぇ!灯摩ちゃん!!何がどうなったの?!ゼフィランサスとの交渉は?お父さんは?美癒、何であんなに泣いてたの??」

「そりゃ泣くでしょ。裏切られてたんだもの。」

彼女の問いに答えたのは、聞きなれない少女の声。

ウィンリアは改めて部屋の中を見回した。

すると灯摩と利羅、冬がいる中に、もう一人誰かいるのに気付いた。

最初はユーリンかと思ったが、明らかに雰囲気が違うその少女は、大きな机の上に座っている。

「…貴女は…?」

訊いてみると、少女は笑った。

「私?私はハイビスカス。ジキタリスって娘知ってるでしょ?あの子の仲間v高位バーサーカーよvあ、あと私のことはハイビィって呼んでねv」

「……バーサーカー…?!」

「あ〜はいはい。その辺は驚くとこにあらず〜!何やら皆さん意気消沈って感じだから、私が説明してあげるvあ、でも皆さんに説明したのも私か。なはは〜。」

知人たちの醸し出す暗いオーラとは対照的に、ハイビィの声は明るかった。

ウィンリアは今の状況が早く知りたいため、すぐに聞く体勢に入る。

「さて、今貴女がそこのお兄さんに聞いてた三つのことの中で、今一番どれを先に聞きたい?」

「………最初から…詳しく聞かせて…。」

呟くように言ったウィンリアに答え、ハイビィは頷いた。

「とりあえず、最初に安心させてあげるわ。この国にバーサーカーの大群は攻めてこないわ。襲ってくるのは、今まで貴女達が倒してきたような奴らだけよ。」

「…じゃあ、交渉は成功したってこと…?」

「ん〜まぁそうね。ただし、貴女の…お父さん?あの人がゼフィーのとこに残るって言う条件でね。」

ウィンリアは目を見開く。

そのまま隣にいる灯摩を見るが、灯摩は顔を反らした。

「まぁほとんどゼフィーが強制的に残らせちゃった感じだけどね。私はその巻き添えを食らって、貴女のお父さんの代わりにここに来させられたのよ。色々説明してあげる為にね。」

「……。」

ウィンリアはハイビィに目で続きを話すように訴えた。

「はっきり言ってあげる。この国にバーサーカーの大群が攻めてくるっていうの。あれはね、嘘よ。大嘘。」

ハイビィは大きくお手上げのポーズをする。

「私達のお母さんにアテナに向かってバーサーカーの大群を送るように交渉してきたその話の元凶は、シャニーナっていう人なんだけどね?お母さんにはそんなことする気なんてさらさらなかったわ。だからジキタリスちゃんに適当に人襲わせてアテナの中をちょっとだけかき回したって訳。お母さんがその話を了解したってシャニーナに思わせるために。」

「……どうしてそんなことを…?初めから断ればいいじゃない。」

「それがダメだったのよ。シャニーナはアテナを潰してくれればなんだってしてやるって言って、お母さんに沢山のお金やバーサーカーの生成の為に必要な物資を提供してきたの。それにプラス、お母さんが出した『15〜6歳くらいの健康な少女』も何の迷いもなく『くれた』わ。丁度いいカモだったのよ。」

ウィンリアの脳裏に嫌な予感がよぎった。

「その少女って…。」

「さっきの美癒ちゃんよ。」

右手の人差し指を立ててハイビスカスは言った。

「お母さん今とっても大事な研究をしてて、その被験者が必要だったの。美癒ちゃんはシャニーナが自分の国から集めてきた条件にあった少女の中から選ばれて、『神子』っていう建前のもとに働かされてたの。本人はこの世の何よりも信じているシャニーナの為にどんなに汚い仕事でも頑張ってこなしてきたのよ。いずれ酷い目にあわされるなんて知らずにね。」

「…ひどいめにって…それ…。」

「まぁ、正直私たちもお母さんのしようとしてる研究の詳しい内容とか知らないんだけど、これだけははっきりしてるの。」

ウィンリアは息を呑む。

「被験者になれば、美癒ちゃんは確実に死んじゃうわ。確実にね。」

ウィンリアは、そして灯摩たちも顔色を青くした。

「そんな…。……ねぇ?そのシャニーナって人…シャニーナ女王はそのことを…。」

「無論知ってるわ。」

「………。」

ウィンリアは言葉を失った。

ウィンリアの脳裏には、以前皆の前でアテナを潰したくなどないといった美癒の顔がよぎった。

あの時は頭に血がのぼって怒鳴ったが、今の話を聞いた途端美癒のことが可哀想でたまらなくなってきたのだ。

「…ひどいもんだろ。あの傲慢女。」

そこで初めて利羅が喋った。

「こいつの言うバーサーカーの親玉もムカツクけど、女王も女王だ。俺も一応今はシャルンティアレの国民だけど、国民にはアテナを嫌ってる奴なんてほとんどいなかった。つまりあの女王はただの私情でアテナを潰そうとしてた。

国の金も資材も、危険な生き物であるバーサーカーを支援するために使い込んで。美癒のことだって…。美癒が自分の為ならどんなことだってするって分かってて…そしていずれ死ぬようなことされるって分かってて利用してたんだ。………泣くだろ、普通。」

ここでようやく美癒の涙の訳がわかった。

そして灯摩たちが美癒がいた場所でそのことをウィンリアに説明しようとしなかったことも。

そんな話をまだ本人がいる前で再び口になど出せなかったのだ。

「………そろそろかな。」

そこでハイビスカスが発した。

「え…?」

「そろそろ私、帰らなきゃ。」

言いながらすっくと立ち上がる。

「ちょっっ!待ってよ!私、まだ聞きたいことあるんだから!!お父さんは…お父さんは無事なの!?」

何かの術でその場から消えようとするハイビスカスに、ウィンリアは慌てて呼びかけた。

「さぁね。あの後のことは私だって知らないもん。でも良い事一つだけ教えてあげるよ。」

言っている間にも、ハイビスカスの体は薄くなっていく。

「貴女のお父さんは、きっと超びっくりしてるよ。」

そう言ってとうとうハイビスカスは消えていった。

「……………。」

彼女の最後のセリフを聞き、ウィンリアは俯いた。

「……冗談じゃないわよ…。」

ボソリとそう呟き、くるりと体の向きを変える。

「ウィンリア、どこに行く気?」

不思議に思い冬が声をかける。

「…あの子、こっちの人質として来てたんでしょ?それが帰っちゃったら…こっちには何も残らないじゃない…。たとえバーサーカーが攻めてこないにしても、もともと来てもいなかったんなら…お父さんは…。」

「ウィンリア…?」

「お母さん!今の子が…ハイビィが帰ったってことは、お父さんだけが盗られっ放しになったってことになっちゃうのよ?!あいつらはもともとバーサーカーなんか侵攻してなかったのに騙して…お父さんを奪ったのよ!?このままじゃダメじゃない!助けに行かなきゃ!!」

彼女の口から出た言葉に、冬は息を呑む。

「ウィンリア!今の話聞いたんだろ?!この大変な時に、お前一人で暴走してどうするんだよ!」

冬の変わりに灯摩が止める。

しかしウィンリアは首を振った。

「聞いてたよ!確かに美癒には辛い話だし、今周りがドタバタするわけにはいかないのも分かる!…でも、私にとっては…このままお父さんを放っておく方が辛いの!分かってよ!美癒がシャニーナ女王に騙されてたように、お父さんだって…騙されて人質になってるんでしょ!?それこそ周りにバーサーカーしかいないような所に!」

彼女の訴えに、灯摩は返す言葉が見付からず沈黙した。

「……来いよ。ゼフィランサスのとこ、案内してやる。」

そんな中で利羅が言った。

「利羅!お前…。」

灯摩が慌てて叫ぶが、利羅はツカツカとドアに向かって歩き始める。

そしてドアを開けて灯摩たちの方を振り返った。

「そろそろ、何が本当で何が嘘なのかよくわかんなくなってきただろ。灯摩兄ちゃんも。…だから俺は、自分の目の前で本当に起きたことだけを信じることにしたんだ。ハイビスカスの言ってたことで美癒は絶望のどんぞこに突き落とされた。

一応人質としてこっちに来てたハイビスカスが、俺達の見てる前で帰るって言って逃げた。けどこっちの人質として向こうに残らされたウィンリアの親父さんはそのまんまで、娘のウィンリアはそれを助けに行こうとしてる。」

「………。」

「だったら俺は、ウィンリアに協力してあのゼフィランサスのとこにもう一度行く。行って、親父さんを助けて、ハイビィみたいな下っ端じゃない…あのゼフィランサスにもう一度ちゃんと話を聞きたいんだよ。」

灯摩は利羅のまっすぐな目に何もいえない。

黙っていると、利羅とウィンリアは部屋から出て行った。

「……灯摩ちゃん…。」

冬に声をかけられ、灯摩はハッとした。

そして何かを決意した様に拳を握った。

「……冬さん。俺…。」

その続きを言う前に、冬は灯摩の背中をバンッと叩いた。

「本当は私が行ってあげたいけど…。ごめんなさいね、灯摩ちゃん。」

「……。」

「あの子たちを…宜しくね。」

「…はい。行ってきます。」

言って灯摩は二人を追って部屋を出て行った。

「……私はまだ…戦うわけにはいかないわね…。美癒ちゃんの様子を見に行きましょうか…。」

そう呟き、冬も部屋を後にした。

 




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