コンコン…と執務室の扉をウィンリアはノックした。

先程リトレアに言われたとおり、ウィンリアはユーリンと喜癒をつれて執務室にやってきていた。

「リトレア様、私たちに何の用なのかな?」

「僕達最近お城の中で騒いだりしてたから、怒られるのかな?」

ユーリンと喜癒は王からの呼び出しにびくついている。

「大丈夫よ。リトレアおじさん怒ってるようには見えなかったし、聞きたい事があるって言ってたもの。」

そんな二人を安心させるためにウィンリアは言う。

しかしそれは嘘ではなく、本当にそうである。

ノックをしてから暫く待っていると、リトレアが出てきた。

「来てくれてありがとう、三人とも。さ、入って入って。」

ウィンリアが言っていた通り、リトレアは別段機嫌が悪そうには見えなかった。

彼に促されるまま、三人は部屋に入った。

「よく来たな、ウィンリア。」

指し示された椅子に三人並んで座ると、ドルリアがカップを三つ差し出しながら話し掛けてきた。

「あ、ありがとうお父さん…。…お父さん?!」

父が城に来ている事は彼女にとっては別段珍しい事ではなかったが、父親が出てくるとは思ってもみなかったためウィンリアは驚いた。

その横で、ユーリンは何かに反応した様に目を見開き、すぐに俯いて目を閉じた。

「え!?ウィンリアさんのお父さんですか?!あの…初めまして。僕先日神子になった…。」

そんなユーリンとは対照的に、喜癒は慌てて立ち上がりペコリとお辞儀をした。

「聖宮喜癒くんだね?初めまして。ウィンリアの父のドルリアといいます。神子のお披露目会は他用で参会することが出来なかったけど、お勤め頑張ってるみたいで安心してるよ。」

ドルリアは上がっている喜癒に優しい笑顔を返した。

「え?あ、はい!頑張ってます!!ありがとうございます!」

喜癒は今度は慌てて座りなおした。

微笑ましい喜癒の行動を笑顔で見た後、ドルリアは今度はユーリンに視線を向ける。

「こちらがユーリンちゃん…かな?初めまして。」

挨拶され、今まで俯いていたユーリンはゆっくりと顔を上げる。

「は…はじめまして…。ユーリン…メイヤードです。」

そしてそれだけ言ってまた俯いてしまう。

メガネがどうであれ、基本的に目上の人には礼儀正しいユーリンの意外な態度にウィンリアは頭に疑問符を浮かべたが、ドルリアは緊張してるのかな?と微笑んだだけだった。

「さて、じゃあ本題。話してもいいかな?」

ドルリアの隣に座って、リトレアが切り出した。

「え?あ、うん。」

慌ててウィンリアが返事をすると、リトレアは微笑んでからふと悲しそうな目をして俯いた。

「この前、君達とあと灯摩くんを襲った黒服の少女について…詳しい事を教えてくれないかな?」

しかしすぐに顔をあげて、そう言う。

もうあの事件から数日が過ぎているが、色々な問題が重なりリトレアに詳しい話がいっていなかった。

灯摩が入院を命令されたきっかけとなったウィンリアからの両親への報告は、ウィンリアの記憶にある事件のほんの一部についての情報だけであった。

途中までしか記憶がないのは灯摩やユーリン、そして途中からきたらしい利羅も同じである。

そうなると頼みの綱は喜癒だったのだが、リトレアが話を聞く暇もないうちに美癒がやってきてごちゃごちゃにしていたためなかなか聞けなかったのだ。

「悪い記憶を掘り返してごめんね。…でも、参考に聞かせてほしいんだ。お願いできる?喜癒くん。」

喜癒に目を向けて聞いてくるリトレアに、対する喜癒は断る理由もないためコクコク頷いた。

「じゃあまず、その娘の見た目の特徴を教えてくれるかな?」

「はい。えっと…黒い…セミロングの髪に、胸から膝にかけた黒いドレス…を着てて…。ふとももまである黒いハイロングブーツを履いてました。見た目は僕よりちょっと年上…くらいでした。首にはバラみたいな花のコサージュのついたチョーカーをつけてて、お腹にも同じようなベルトを巻いてました。」

喜癒の記憶力は凄く、スラスラと答えた。

横で聞いていたウィンリアはそうそうと頷いた。

「分かった。ウィンリアちゃん、確かイラスト得意だよね?ちょっと描いてみてくれるかな?」

近くにあったシャープペンシルと一枚の紙を差し出しながら、今度はウィンリアに振る。

「うん。頑張ってみる。」

ペンを受け取って、ウィンリアはスラスラ描き始める。

「さて…、じゃあ喜癒くん。灯摩君もウィンリアちゃんも怪我をさせられた後、つまりユーリンちゃんがその少女と戦い始めた辺りから、どんな戦況になっていったのか教えてくれるかな?」

ウィンリアが描いている間に、リトレアは話を進める。

「あ、はい…。最初は…。」

「最初は私から、あの子に斬り付けていきました。」

喜癒が語ろうとした時、横で俯いていたユーリンが口を開いた。

突然口を開いたユーリンにリトレア達は驚いた顔をするが、何も言わずにユーリンの話に聞き入る態勢に入った。

「あの子の武器は、長い杖です。杖の先には大きな三日月のシンボルがついてました。リーチの長さは同じくらいだったので、最初は何とかなると思ったんです。でもやっぱり、灯摩さんやウィンリアのことを護るのと彼女と戦う事を両方上手くこなす事はできませんでした。そして結局、最後は気を失ってしまって…。」

しばらくの沈黙。

部屋にはウィンリアがペンを走らせる音のみが響く。

「でもその後、利羅さんが助けてくれたんです。そして僕と一緒に戦ってくれました。利羅さんが来てくれたお陰で、僕達は助かったんです。」

ユーリンに続けて喜癒が言った。

「ってことは、その少女を倒したのは…追い払ったのは利羅くん?」

「いいえ。僕が…この十字架……っっ!!!」

そう喜癒が話そうとした時、思いがけない事が起きた。

「……リト…レ…ア…おじさん…?」

絵を描いていたウィンリアが、目を丸くしてリトレアを見た。

リトレアの手には、一丁の拳銃が握られていたのだ。

その銃口は喜癒の方に向き、銃口からは白い細い煙がふわふわと上がっている。

「……………。」

喜癒はゆっくりと後ろを向いた。

彼の1mほど後ろでは、大きな黒い獣がぐったりと倒れていた。

「うゎ…っ!!あぁ!!」

その気味の悪い死体に、喜癒は思わず叫び顔色を真っ青にする。

「……まったく…とことん邪魔してくれるんだね。あの子は。」

銃をホルダーにしまい、リトレアは立ち上がった。

「国王様…、これはいったい…。」

青ざめた表情で喜癒が問う。

「大丈夫。今この獣が狙ってたのは俺だったから。」

ツカツカと歩き、その獣に近寄る。

「降魔っていうんだよ、これ。ちょっと前に一度俺達の城を襲ってきたんだよ。誰かさんに差し向けられてね。」

言いながら壁にもたれる。

「さ、続きお願いできるかな?ウィンリアちゃんも。」

そして誰かが何かを言う前に、微笑んで言った。

その微笑みはどことなく淋しそうで、喜癒もユーリンもそしてウィンリアも何も言えなくなる。

「僕がこの十字架に霊力を付加させて武器にして、あの人を追い払いました。」

胸元につけていた十字架をはずし、喜癒は立ち上がった。

そんな彼を見て、リトレアはふっとやさしい顔で笑った。

「……どんな風にしたのか、見せてもらえるかな?」

そう問われると、喜癒はこくりと頷いて十字架を天井へ向けて投げた。

「……『シャレム』!!」

そして十字架が落ちてくるよりも早くにそう呼ぶと、十字架は“あの”時のように光に包まれて大きな十字架へと姿を変えた。

喜癒はふんわりと落ちてきたその十字架を捕まえ、2〜3度クルクルと回してから構えた。

それに続くように、リトレアは再び銃を構え天井に向かって二発の弾丸を放った。

ボトボトッ。

今度は上から二体の大きな鳥のような降魔が落ちてきた。

「――――っ!!リトレアおじさん!!これって!!」

明らかな状況の空気の変化に、ウィンリアもそして俯いていたユーリンも顔色を変える。

「ウィンリアとユーリンちゃんは、武器は部屋か?」

今まで落ち着いた様子で座っていたドルリアも状況の危なさを察し、何も持っていない少女二人に問うた。

勿論武器など持っているはずもなく、二人は頷いた。

そうしている間にも、部屋は降魔達の殺気に満ちていく。

ふぅと一つ、リトレアが溜め息をついた。

「まったく、こっちはバーサーカーのことで忙しいのに…。これだから性悪女だっていうんだよ。そこまでしてこの国を潰したいのかな…?」

今度は上、右、左と三発撃つ。

部屋の隅のほうで何かが倒れる音が三つ同時にした。

「ともかく、何か知らないけどこの部屋…この城はとっくに危険ゾーンにされたってことだね。どうしよっか?兄様?」

拳銃をくるくると回しながら言うリトレアに、ドルリアは立ち上がりながら紅茶を一口飲んだ。

「どうするもこうするも…やることは一つだろうリトレア。降魔達は基本的にお前を狙ってくるようだ。もしここでお前が城から逃げたとしたら、それを追ってきたこの降魔たちによって民に被害が及ぶ。ここであの子が…美癒が仕掛けていった降魔を全て倒さなければ意味がない。」

彼の返答に、リトレアは頷いた。

「もう…。降魔にもてたって嬉しくもなんともないのに…。でもそうも言ってられないよね。……喜癒くん、良かったら一緒に戦ってくれるかな?」

この場で武器らしい物を持っているのはリトレアと喜癒だけである。

そのことを察し、喜癒ははい。と返事をして十字架を構えた。

「神子として必ず国王様をお守りします!!」

彼の力強い台詞に、リトレアは安堵の笑みを浮かべた。

「兄様。俺達はここで降魔と戦うから、その間に二人を安全な場所に連れて行ってあげて。兵達には加勢を、それ以外の者には非難を呼びかけて欲しい。」

「わかった。必ず加勢を連れて戻ってくるから、それまで何とか耐えてくれよ。」

二人が話していると、また新たに降魔が現れた。

リトレアと喜癒を囲むように三体、部屋の隅に二体、扉付近に一体。

「ウィンリア!ユーリンちゃん!俺についてきなさい!」

「う、うん!!」

「はい!」

ドルリアはウィンリアが絵を描いていたシャーペンを手にとって、扉に向かって走り出す。

そんな彼に続いてウィンリアとユーリンも走り出した。

「退いていろ!!」

「すぐに片付けてあげるよ!!」

「レキニア様!!どうかご加護を!!」

素早く投げられたシャーペンは扉付近の降魔の喉に突き刺さった。

放たれる二発の銃弾は隅にいた二体の降魔に直撃した。

振りぬかれた十字架は三体の降魔を一閃にしてなぎ払った。

静かであったアテナ城に、アテナ王国に、暗雲が立ち込め始めた。






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