灯摩はうなされていた。
彼にとって一番思い出したくない記憶が、彼に最大の悪夢を見せていた。
暗い中で、灯摩は必死に走っている。
「…はぁ…はぁ…。」
その姿は、今の灯摩ではなく幼い日の灯摩のものだ。
『今』の灯摩は、必死に走り続ける『昔』の灯摩をぼんやりと眺めていた。
「…誰か…いないの…?はぁ…はぁ……お姉ちゃん?!お兄ちゃん?!」
目に涙をためて走り続ける幼い自分に、灯摩は話し掛けようとする。
しかし、口は動くのに声は出ない。
そうしている内に自分の前から走り去ってしまう幼い自分を、灯摩は追った。
走り続けていると、美しい花畑に辿り着いた。
そこでは『今』のウィンリアが花を摘んで花の冠を作っていた。
「…はぁ…はぁ…お…お姉ちゃん…誰?」
ウィンリアだと分からない幼い灯摩は、彼女に近寄りながら話し掛ける。
ウィンリアは幼い灯摩に気付き、微笑を返してきた。
「私…?さて、誰かしら?」
持っていた花の冠を置き、幼い灯摩に手招きをする。
幼い灯摩は訳も分からずウィンリアに近付いていった。
「あなたの名前、あててあげましょうか?灯摩ちゃんでしょ?」
「えっ!何で僕の名前が分かるの?」
「分かるわよ。だって私は、あなたのこと大好きだもの。」
ウィンリアの優しい笑みに、幼い灯摩はホッとした顔をする。
しかし、突然場面は切り替わった。
『今』の灯摩は、驚き目を見開いた。
先程までの花畑は消え、幼い灯摩の目の前でウィンリアが息絶えたのだ。
「――――っ!!お姉ちゃん!?」
幼い灯摩はウィンリアにすがりつく。
彼女の口の端からは、細い線を描くように血が流れていた。
『今』の灯摩も慌てて駆け寄る。
すると、その途端に死んだはずのウィンリアの身体がグンッと起き上がった。
そして、幼い灯摩には見えていない『今』の灯摩の首に腕を回し、微笑んだ。
(ウィンリア…?!お前?!)
声にならない言葉を頭の中で発すると、ウィンリアは目を細めた。
「灯摩ちゃん…どうして私を殺したの?どうしてなの?」
彼女の言っていることが分からず、ふいに幼い灯摩に目をやる。
そこには先程までの幼い自分が、光の無い目で立ち尽くしていた。
その手には灯摩がバーサーカーハンターの仕事をする時に使っている剣が握られていた。
(そんな…俺が…。俺がやったって言うのか…?!)
信じられずにウィンリアに向きなおると、ウィンリアは頬を赤く染めて笑った。
「人殺しじゃないの…貴方…。私のことだって、こんな簡単に殺せるのよ。」
彼女から放たれた言葉に、灯摩は顔色を真っ青にした。
「こうやって殺したんでしょ?自分の大切な人を…。火で燃やして、跡形も無く。」
思い出される過去の記憶から、灯摩の身体は震え始める。
「貴方は私を殺すのよ。これは近い未来の事実よ。本当、怖いわねぇ貴方って…。」
不気味な笑みを浮かべるウィンリアに一瞬恐怖を感じ、灯摩は無意識にウィンリアを押しのけた。
反動で灯摩は尻餅をつく。
すると灯摩が座り込んだ場所から、また一気に暗い空間になった。
(!!)
辺りを見回すと、幼い灯摩もウィンリアも消え、『今』の灯摩一人になっていた。
「今ウィンリアが言ったのは本当よ。貴方はきっと、彼女を殺さなければならない事になる。」
困惑する灯摩の耳に、今度は聞き覚えのある声が響いてきた。
しかし夢の中であることと動揺していることが手伝い、誰の声なのかはわからない。
「ウィンリアを殺したくないでしょ?殺さずに済む方法はあるわ。」
…!!どうすればいいんだ!!)
灯摩は必死に叫ぶ。
「神子を殺すのよ。アテナ王国の神子を。そうすれば貴方もウィンリアも救われる。それが事実よ。」
誰とは分からないが、口調から女性であることは分かる。
(何を言ってるんだ!!…喜癒くんを…喜癒くんを殺せって言ってるのか?!)
「そうよ。あの子は死ななければならない。あの子が死ななければ、皆死ぬわ。あの子に殺されるの。」
彼女の台詞に、灯摩は必死に頭を振る。
(そんなことできる訳ないだろ!!喜癒くんは…俺達の大切な友達なんだ!!)
「あなたはたった一人の神子の命と、ウィンリア達皆の命とどっちが大切なの?勿論皆の命よね?」
口調を強めて言ってくる女性の台詞に、灯摩は言葉を返せない。
「いい?必ずやるのよ?でないと…きっと後悔するわ。」
(おい!!「詳しい話を!!!」
小さくなっていく彼女の声を引き止めるために声を荒げた瞬間、灯摩は夢から覚めた。
「――――――ッ!!」
酷い頭痛がし、灯摩の意識はすぐに覚醒した。
窓から見える空はまだ薄暗く、時計は5時をさしている。
「……なんなんだよ…今の夢は…。」
たまらない心細さに襲われ、灯摩は無意識にウィンリアが置いていったクマのぬいぐるみを抱きしめる。
「……大丈夫だ、灯摩…。あんなの悪い夢だ…。ウィンリアを…俺が殺すはずないじゃないか…。」
自分に言い聞かせるように呟く。
「どうした灯摩!!」
辛くなって顔を押さえていると、灯摩の叫び声に気付いたのか夏南が部屋に飛び込んできた。
「…夏南…俺…。」
「見回りしてたらお前の声が聞こえたからな…。悪い夢でも見たのか?」
夏南はすぐに棚からタオルを出し、水でぬらして灯摩に渡してくれた。
灯摩はそのタオルを顔に押し当て、背中を丸くする。
「…あぁ…あれは夢だ…。ごめんな夏南…大丈夫だ…。」
汗を拭いながら言うと、夏南はふぅと溜め息をついた。
「よくもまぁそんな真っ青な顔で大丈夫なんて言えるよな〜。まぁいい、俺は戻るから辛くなったらナースコールのボタン押せよ?千早も起きてるからさ。」
彼の言葉に、灯摩は俯いたまま頷いた。
夏南は灯摩の肩をポンと叩いてから、部屋を後にした。
「どうかしてるよな…本当…。きっと疲れてるんだ俺…。」
灯摩は呟きながら、クマのぬいぐるみを抱いたまま布団に潜り込んだ。
その窓の外で、一人の少女が空へと飛び立っていった。
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