「は〜い!チェックメイト!!」
「あ゛ぁ゛〜〜;;」
その日の午後、ウィンリアはユーリンを連れ立ってアテナ王国の城に遊びに来ていた。
嬉しそうにチェスの駒をとるウィンリアに向かい合って座っていたチェスの相手・利羅は唸りながら俯く。
「んふふ〜ん♪まだまだね!利羅くん!!」
鼻を高くして言うウィンリアに、利羅は顔を上げて人差し指を立てる。
「うっせーな!!大体俺の住んでた村じゃ『ちぇす』なんて物はなかったんだからな!?」
「あぁ〜ら、負け惜しみ〜?何なら貴方の持ちネタで勝負してあげてもいいのよ?」
調子に乗って言うウィンリアの台詞に、今まで怒っていた利羅の表情が不適な笑みに変わった。
「ほぉう…?言ったな…?」
言いながら懐に手を入れ、四角い箱を取り出す。
利羅の醸し出す異様な雰囲気に、ウィンリアは少したじろぐ。
「な…何よ…?カルタ…?」
箱から札を出し並べ始める利羅を見ながら訊くと、利羅はまたニヤリと笑った。
「じゃあ勝負しようじゃないか…。葛城の里の誇る由緒ある札遊び!!百人一首!!!!」
べんっと出される読み札は、ちょっと見てもウィンリアには分からない。
「おい喜癒!こっち来てこれ読みな!読み仮名振ってるから大丈夫だろ?」
「え?えぇ??」
現在は城で生活している喜癒は、先程から利羅達の勝負を横で見ていた。
しかし突然手渡され、少々焦っている。
「いいか?ウィンリア。喜癒が読む上の句に続く下の句を取るんだぞ。」
「えぇ〜〜?!ちょっと待ってよ!私わかんな…。」
「お〜し喜癒!早く読め〜!」
焦るウィンリアを無視し、利羅は喜癒に読むよう促す。
「あ、は・はい…じゃあ…春過ぎて…。」
喜癒が読んだ瞬間、利羅は物凄い速さで札を取った。
その後もバシバシと利羅が札を取る音が聞こえてくる。
ウィンリアは軽率な一言の所為で、「はめられた」のであった。
ユーリンと美癒はその光景を少し離れたところで見ながらお茶を飲んでいた。
「まったく…利羅もウィンリアも子供なんだから…。」
服装はレオタードではないが、メガネをかけていないユーリンは溜め息を吐きながら砕けた口調で呟いた。
「んん〜お気楽なのはいいことよん〜。私たちはゆ〜っくりティータイムしてればいいの!」
向かい合って座っている美癒は紅茶をすすりながら笑う。
「これからはこんな時間もなくなるんだし。」
「え?どういうこと?」
「あ、いやいや!何でもない〜。」
ひっそりと美癒が呟いた台詞にユーリンが不審に思い問うが、美癒は笑ってはぐらかした。
「ふぅん…。それにしても美癒?あなたいつまでここにいる予定なの?」
ユーリンは一瞬首を傾げたが、あえて気にせずに話を変える。
「今日よ。」
美癒は割りとあっさり答えた。
「へ〜今日なんだ〜…。………って今日ぉぉぉおおお!?」
対するユーリンは一瞬考え、次の瞬間には目をまん丸にして叫んでいた。
しかし当の本人はキョトンとした様子でユーリンを見る。
「何そんなに驚いてるのよ、モモ…。」
※モモとは美癒がユーリンにつけたあだ名である。
「何ってあなた!!今日なんて突然すぎるじゃない!?何で今まで黙ってたのよ?」
「だって、誰も訊かなかったんだもの…。」
焦るユーリンとは対照的に、そのままの表情で美癒は言った。
しかししばらく考え込んでから、美癒は立ち上がると皆の真ん中に移動した。
「はーい!皆さんに重要なお知らせ!!今日私、鵤 美癒は利羅と共に国に帰りますです!!そしてそして、さらに朗報!!明々後日の午後5時は絶対に外出しちゃだめ!!大変なことになるわよ!」
彼女の突然の台詞に、利羅たちはキョトンとした。
美癒はそんな皆をあまり気にした様子も無く、利羅に近付くと立ち上がらせた。
「あ、おい!何だよいきなり!!」
「んでは!!これにて失礼!ウーちゃん!リトレア様達には帰ったって言っといて!!」
そう叫ぶと、利羅を引き釣りながらベランダへと歩いていく。
そして利羅の手を掴んだままてすりにピョンと飛び乗り、振り返って一礼すると美癒はそのまま身を投げた。
『!!!!』
美癒の信じられない行動にギョッとしたウィンリア達は、慌ててベランダに走った。
必死に下を覗き込むが、そこには美癒の姿も利羅の姿も無かった。
「うそ…消えちゃった…?」
目をまんまるにしたまま、ユーリンが呟く。
しかしその横で喜癒は溜め息をついて座り込んだ。
「大丈夫ですよ。美癒さんは空を飛べますから。」
上の方を見上げながら言う。
その言葉にウィンリアとユーリンが同じく空を見上げると、その先には背中に白い大きな翼を生やして空を飛んでいる美癒と、彼女の手に捕まっている利羅の姿らしき物が見えた。
美癒はウィンリア達に向かって手を振りながら、遠くに飛び去っていった。
「……すごい…ヒト族って神子になれば空飛べるもんなんだ…。」
「んなわけないでしょ。」
ウィンリアの呟きに、ユーリンがすかさず突っ込みを入れた。
「美癒さんは僕よりも霊力が高いんですよ。僕はこの十字架を大きくして武器にすることしかできないけど、美癒さんは霊力を背中に具現化して翼にできるらしいんです。しかも本当に飛べるんですよ。」
胸元の十字架を握り締めて、喜癒は目を輝かせながら言った。
「へ〜すごいのねぇ。ノリが軽い奴だと思ってたけど、それなりの実力はあるんだ…。」
感心したようにユーリンはうんうん頷いた。
その時、ウィンリアの頬に水の雫が当たった。
雨がふりだしたのだ。
「うわ・わ!!雨降ってきたよ!!窓閉めなきゃ!!」
慌ててウィンリアは窓を閉め、三人は室内に入りなおした。
「あの二人大丈夫かしら?このくらいならすぐ止みそうだけど…。」
並べたままの百人一首のカルタを片付けながら、ウィンリアは美癒と利羅を心配した。
「大丈夫だと思うけど…。…そうよ!大丈夫と言えば美癒!!あの子勝手に帰っちゃって大丈夫なのかしら?リトレア様に言いに行かないといけなくない?」
「あ、そうよね…;でも何かリトレアおじさん達今忙しいみたいなのよ…。もう少し後でもいいんじゃない?」
ウィンクして言うウィンリアに、ユーリンはそぉ〜?と返す。
「それよりもユーリン、喜癒くん!!これこれ!これ見てよ!!」
ポケットから一枚の写真を取り出す。
何かと思い喜癒とユーリンが覗き込むと、その写真には寝ている灯摩が写っていた。
「この前お見舞いに行ったら爆睡しててさ〜vv思わず持ってたデジカメで撮っちゃった☆ね?ね?寝顔もカッコいいと思わない〜?」
うきゃうきゃ言いながら一人ではしゃぎ始めるウィンリアに、二人は一度顔を見合わせてから苦笑を浮かべる。
今日も平和に時が過ぎていく。
彼女達は美癒が最後に残した台詞のことをあまり深くは考えていなかった。
その言葉は彼女達の、特に喜癒の未来を左右する重要な言葉であったのに。
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