「あ、よいしょっと!」

アテナ城から飛んできて、ちょうどシャルンティアレとの国境にあたる草原に美癒は着陸した。

飛んでいる間に背中に背負いなおされた利羅は、彼女の背中から降りる。

「ま〜ったくお前はいつもいつも突然なんだからよぉ…。ゆっくり帰ればいいじゃないかよ。」

ぼやく利羅だったが、対する美癒は彼の台詞に返事をせずポケットから何かを出して見ている。

「………?何だよそれ?」

不思議に思い覗き込んでみると、それは小さな録音テープだった。

『…とにかく、まずはこの事件の真相をはっきりさせないと。バーサーカーとは無関係な殺人事件だっていう可能性だって、無いわけじゃないからね。秋斗、被害者の人たちの身体は今何処に安置されてるの?』

『あぁ、彼等の身体は城の地下の解剖室に保管されてる。まだメスは入っていない。一番に調べるべきは、体内の血液を奪われた女性だな。』

再生されているテープからは、リトレアと秋斗の声が聞こえてきた。

「何でリッちゃんとおっさんの声がするんだ?お前これ何に使うんだよ?」

沢山の疑問がわき口に出すが、美癒は答えずそのテープに聞き入っている。

そしてテープが終わると、フゥと溜め息をつきテープを片付けた。

「利羅、知ってる?今バーサーカーの大群がアテナ王国に近付いていること。」

意味深な顔で振り返り、そう言う。

「え?!マジかよ?!それなら早くあいつらに知らせてやらないと!!」

走り出そうとする利羅の服を、美癒はぎゅっと掴んだ。

物凄い力で引っ張られた為、利羅は後ろにがくんと傾いて尻餅をついた。

「づでっ!!おまっ…美癒!!なにするん…。」

怒って振り向いた利羅の顔を両側から押さえつけ、美癒は彼に軽いキスをする。

「―――――――――――!!!」

突然の事に利羅は言葉を失う。

美癒は彼の唇を解放し、人差し指をピシッと口の前で立てた。

「余計なこと言わないのよ。国家反逆罪で死刑にするわよ。」

冗談なのか本気なのか分からない口調で美癒は利羅に言う。

そして彼から2〜3歩はなれて天に向かって両手を上げる。

「知らせる必要なんてないわ。ちゃんと言ったでしょ?明々後日の午後五時には家の中にいるようにって。もしそれをリトレア王にあの三人の中の誰かが伝えたら、不思議に思いながらも国内通達してそうするわよ。家の中にいれば襲われないわ、多分ねv」

にこりと笑う美癒の言葉に、利羅はすぐ違和感を感じた。

「……お前…バーサーカーがアテナ王国に集合する日が分かるのか…?」

まず抱いた疑問を投げかけると、美癒は首を横に振った。

「分かるんじゃなくて、“教えてもらった”の。バーサーカーはアテナ王国を滅ぼす為に各国から進行中だってね。早くて明々後日には着く勢いなのよ。」

ポケットに入れているテープを、服越しにコンコン指で押さえる。

「あんたも知ってるでしょ?シャニーナ様はアテナの王様だけでなくアテナ王国その物が嫌いだって。だから滅ぼすのよ。神子としてね。」

美癒から発せられた恐ろしい言葉に、利羅は息を飲んだ。

美癒は終始微笑んで言い放ったからだ。

「美癒…お前…。」

「利羅に教えてあげる。私が何で神子に選ばれたのか。確かに私には有り余るほどの霊力があるわ。でもそれだけじゃないの。私はね?利羅。」

次の台詞を色々想像して、利羅は眉間にしわを寄せる。

「天使なのよ。」

二人の間に大きな風が吹いた。

利羅は彼女の突拍子もない発言に、目を丸くする。

対する美癒は微笑んで翼を広げ、くるりと一回転した。

「天使だから選ばれたの。神子に選ばれたの。私は天使。天使なの。」

微笑んでいるが眼は笑っていない。

翼をバサバサと動かし、高らかに声を上げて笑い始める。

「あはははははは!!!あはははははははは!!!」

彼女の異様な気配に、利羅は思わずたじろいだ。

そこで思い出した。

美癒は喜癒同様孤児で、王国でシャニーナ女王によって育てられたということを。

そしてユーリンが言っていた『シャルンティアレの民は王族への忠誠心が他国より優れている』ということを。

きっと美癒はシャニーナ女王によって、完全に国のために動く少女として育てられたのだ。

そのため、どこから仕入れてきた情報かは分からないが、シャニーナ女王が日々疎ましがっていたアテナ王国を滅亡させる為に、何者かに協力していたのである。

「美癒…。」

「あはっあははっ!!何よ利羅?あははは!!」

今だ笑い続ける美癒に、利羅は諦めた顔で声をかける。

「俺はアテナ城に…あいつらの所に戻る…。俺にはあの傲慢女の為に動く気はさらさらないからな。俺をあの国に送ったのは、さしずめお前がボロをだした時の為の弁解人にするためってとこか。馬鹿らしいぜ。」

美癒の横を通ってアテナ王国の方向に歩み始める。

「お前は好きにしてろ。俺は俺で好きにやるから。」

ひらりと左手を振り、美癒に別れをつげ…ようとしたその時。

「行かせないわ。」

「――――――っ!!」

利羅の腹に、細くて固いものがめり込んだ。

美癒は自身の横を通り過ぎようとした利羅のみぞおちに、何処から出したのか金色のトンファーを当てていたのだ。

「美癒…て…めぇ…。」

痛む腹を抑え、利羅は美癒を睨みつける。

しかし美癒は物怖じすることなく、利羅から離れて両手にトンファーを構えた。

「言わなかった?国家反逆罪で死刑にするって。」

殺気に満ちた目を向けてくる。

「…………分かったよ…。お前がその気なら…。」

利羅は何処からともなく沢山の投げナイフを取り出す。

「この暗器で、お前のねじまげられた根性叩き直してやる。」

そういい、利羅は美癒に向かって走った。




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