「ふぅ…。まったく…。」
家に向かう道を歩きながら、ウィンリアは大きな溜め息を付いた。
ポケットに手を突っ込み、さきほどの1万円札を取り出す。
「何で素直に全部貰ってくれないのかな…。」
印刷されている偉人に話し掛けるように呟く。
彼女が喫茶店から急いで出たのは、灯摩に残りの報酬金を受け取らせるためだった。
約束というのも大嘘である。
ウィンリアは立ち止まり、空を見上げた。
「本当に真面目なんだから…。」
口調は困っているようであったが、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
「……そんな所がいいんだけど…。」
呟き、顔を紅潮させる。
彼女は本当に灯摩のことが好きなのだ。
ついつい乙女モードに入ってしまったウィンリアは、自分でも気付かない間に一瞬気を緩める。
しかし、そんな彼女の隙を狙っている者がいた。
「ふぎゃあああ!!!」
けたたましい鳴き声のような声の後、ドウンッと大きな音が響く。
「!!」
ウィンリアはとっさに伏せ、間一髪のところでその音の根元である放たれた炎を避けた。
「っ!!バーサーカー!!」
振り返った彼女の目に飛び込んで来たのは、狼の様なバーサーカーだった。
相手は彼女を威嚇するように唸っている。
「何で!?ここはバーサーカーが出るような所じゃないのに!!」
ウィンリアの言う通り、今彼女がいるのは人こそ道を歩いていないにしろ、住宅街のど真ん中なのである。
『本来なら』バーサーカーはこんな所には現れないのだ。
バーサーカーは今にもウィンリアに飛び掛ってきそうな気配を放っている。
が、バーサーカーには慣れているウィンリアは、心を落ち着かせ・全身の気を張り詰めて睨みを効かせる。
そしてゆっくりと腰に右手を移動させた。
弓闘士である彼女は、常に腰に矢をつけているのだ。
スッと大きな音をさせないように矢を抜き取り、今度は背中に手をまわす。
次は矢を射るための弓を取るつもりなのである。
しかし、その一瞬で彼女の体は凍りついた。
弓がないのだ。
頬を一筋の汗が滑り落ち、その雫が地に落ちた瞬間・彼女の脳裏に先ほどの喫茶店での出来事が蘇った。
「(弓…喫茶店に置いたままだ……!!)」
背中に背負っていては座りにくいと思い、弓はテーブルの下に置いていたのだ。
しかも急いで出てきてしまった為、つい忘れてしまっていたのである。
心の中で優性だと予想していた自分が、一気に不利になったことをウィンリアは悟った。
ウィンリアの焦りが伝わったのか、それまで動かなかったバーサーカーがじりじりと間合いを詰めてくる。
「(やばい…矢だけじゃ…弓がなきゃ役に立たない!!)」
これがもし逆、弓でなく矢を忘れていたのであれば、たとえ矢がなくとも弓を長刀のように使えば戦える。
しかし矢で直接戦うとなれば、相手にかなり近付いて刺す術しかないのだ。
焦っている間にもバーサーカーはじりじりと近付いてくる。
ウィンリアは動揺から、思わずたじろいだ。
それが相手に彼女が本当に焦っているという事を悟らせてしまった。
バーサーカーはダンッと音をさせ、高く飛び上がった。
そして落下しながら牙を剥き出し、ウィンリアに本格的に襲い掛かってきた。
「っ!!」
一打目は何とか避ける事が出来た。
しかし速さでは勝てるはずも無く、二打目は避けきれずに肩を炎がかする。
「――――っ!!いたい!!」
その所為でまだ完全には消えていない昨日の傷が開いてしまった。
炎に焼かれたということも手伝い、腕は恐ろしいほどの激痛に襲われる。
どうしようもなく、ウィンリアはその場にうずくまった。
チャンスとばかりにバーサーカーは大きな口を開けてウィンリアに迫ってくる。
「きゃぁぁぁあ!!」
もうだめだとウィンリアはぎゅっと目を閉じ身構えた。
……………。
しかし、いつまで経っても覚悟した衝撃は襲ってこない。
半泣きのウィンリアだったが、流石に不思議に思い様子を窺うようにそっと目を開けてみる。
見るとそこには、先ほどまで自分を襲っていたバーサーカーの体についていた生命チップが落ちているだけだった。
それを見た後、自分のすぐ側にいる誰かの気配にも気付いた。
「……灯摩…ちゃん…?」
話し掛けてみるが、カチンと目が合った瞬間彼女は驚いた。
目の前に立っていたのは、一人の少女だったのだ。
少女はチップを拾ってから、ウィンリアに手を差し伸べてきた。
「大丈夫?」
「あ、うん…。」
少々躊躇しながらではあるが、ウィンリアは差し出された手を取り立ち上がった。
「よかった。あ、でも肩怪我してるよ。ちょっと待ってね。」
そう言うと少女は腰につけているポーチからガーゼと包帯を取り出し、ウィンリアの肩に器用にまきつけた。
「ありがとう。」
ウィンリアは丁寧に彼女に謝礼する。
「いいのいいの!バーサーカーを倒すのはハンターの仕事なんだから!!それにしても、貴女も見たところバーサーカーハンター…だよね?どうして攻撃しなかったの?」
少女のもっともな質問に、ウィンリアは少し焦ってしまう。
まさか武器を喫茶店に忘れたからなんて恥ずかしい理由を言えるはずが無い。
そんなウィンリアを暫く見ていた少女だったが、一度ふうと溜め息をつき辺りを見回した。
「まぁ驚いてもしょうがないか…。この辺り変だもん。」
「変って、何が?」
呟かれた台詞にウィンリアは疑問符を浮かべる。
「ちょっと前まではさっきみたいなバーサーカーなんて全然出てこなかったのに、最近になって突然人里に現れるようになってきたんだもの。
私この町を中心にハンターしてるんだけど、こんな家ばかりの所にバーサーカーが出るなんて仕事始めてから初めてだわ。」
少し悲しそうな顔になる少女を、ウィンリアは見つめた。
そんな心配そうな瞳のウィンリアに気付いたのか、少女は笑顔を作って顔を上げた。
「そうそう!名乗るのが遅れたネ!私、ユーリン・メイヤード!」
そう言って少女はウィンリアに右手を差し出す。
「あ、うん!私はウィンリア・バーンズ!」
ウィンリアも名乗り、右手を差し出して握手する。
挨拶が終わると、二人はどちらからとなく手を放した。
そして次の瞬間にはくすくすと笑っていた。
「ふふ…何か可笑しい…。見た目あんまり変わんないのに、嫌に改まっちゃって…。ウィンリア、貴女いくつなの?」
「ん?私は16歳!ユーリンは?」
「私は14歳!なんだ、2つも年上だったんだ!見えない〜。」
必要以上に笑われ、ウィンリアはプイッとしかめっ面をしてみる。
「何よ〜?!これでもご近所さんには毎日「“大人”になったね〜。」って言われてるのよ?大体貴女、年下なら年下らしくへりくだりなさいよ!」
「あははは!何言ってるのよ♪へりくだったらへりくだったで貴女焦るんでしょ?」
笑顔で言われ、ウィンリアも笑う事しかできない。
「まぁね〜。って言うか私たち気が合いそうね!今度一緒に仕事しない?」
ハンターという仕事をしている為、遊びに行こうという誘いではなく仕事しようという誘いなのはご愛嬌である。
彼女の誘いに、ユーリンは少しの間考え込んだがうんと頷いて返した。
「いいわよ!私チームとか組んでないから、今まで倒せて中級だったの!でも貴女はチームいるんじゃないの?」
「大丈夫よ!灯摩ちゃん優しいから。それに剣士で腕も確かだから、上級でも倒せるわよ!」
自信満々のウィンリアに圧倒されたのか、ユーリンはただ深く頷いた。
「ウィンリアがそれだけ言うんなら、その“灯摩ちゃん”って凄いんだ〜。でも、女なのに灯摩って珍しい名前ね。」
「いやいやいや、灯摩ちゃんはれっきとした男よ!ちゃんってのは愛称!」
ユーリンの勘違いに、ウィンリアにしては珍しく鋭い突っ込みが光った。
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新キャラ登場三話二節UP〜。
ユーリンちゃん…サブキャラですが結構重要な子です。
自分のオリキャラの女の子の中で一番好きです(←トリビア(?))
次回いよいよパーティが四人に!!(笑)