アテナ王国内のある森に、誰かの駆ける音が響いていた。

その足音は地面からではなく、木の上から聞こえている。

時折タンッタンッと木の枝を蹴る音もしている。

足跡の主はしばらく走り続けていたが、突然その動きを止めた。

その反動で、首につけられているネックレスがカチャンと音を立てた。

「……何だこの気…。やべぇんじゃねぇの?」

右手で頭を抑え、木の上でしゃがみこむ。

 

その視線の先には、向き合っているユーリンと黒服の少女がいた。



「どうしたの?掛かってこないの?」

余裕の表情を見せる少女に対して、片膝をついた状態のユーリンは睨みをきかせる。

彼女の体には、その年齢には不相応な数の生傷が刻まれていた。

喜癒や他の皆を護ろうとして、ユーリンはいつもの調子を出せないでいたのだ。

「…つまらないわ。もう体力を使うのはうんざり…。そろそろ私のお腹に入ってくれる?」

ガッと物凄い音がして、少女に蹴られたユーリンはその場に倒れこんだ。

「っがはっ!!」

傷つけられたユーリンは心身共にボロボロだった。

ユーリンは決して弱い訳ではなく、先ほどまでも少女と互角に戦っていた。

しかしウィンリアや灯摩に群がるバーサーカー達を追い払う為に、隙を何度も作ってしまったため沢山の傷を刻まれたのだ。

喜癒も戦おうとはしたのだが、数匹のバーサーカーに囲まれると足がすくみ、ナイフを折られた挙句ユーリンに新たな隙を作らせる原因になってしまった。

その所為で腰が抜けてしまい、ユーリンの後ろでずっとへたばっている。

少女はユーリンの顎を持ち、上を向かせた。

「あなたの顔を見てると、イライラするわ。私がこの世で一番恨んでいる奴に似過ぎているもの。」

ユーリンの首筋に舌を伝わす。

「――――っ。」

「まずはあなたの血から頂くわ。とても喉が渇いてるの。」

牙を突きたて、勢いよく噛み付く。

「―――いゃっ!!」

少女が血を吸おうと息を吸ったのと同時に、ユーリンは渾身の力を込めて少女の腹を蹴った。

「ぐっ!!」

衝撃に、少女はひらりとユーリンから離れる。

「……本当…可愛いことするわね!!」

一気に怒りが頂点に達した少女は、闘争本能剥き出しの顔でユーリンに再び迫る。

「―くっ!!」

今の蹴りに力を使ってしまった為、ユーリンは一歩も動けない。

一瞬で自分の終わりを確信したユーリンは、次の瞬間には意識を手放していた。

 


「やべぇよ!やべぇってあの女!!」

その時、一部始終を見ていた木の上の“少年”は、黒服の少女に向かって飛び降りた。

「!!」

気配に気付き、少女はユーリンに向かうのを止めて上を見上げた。

「どっかいきやがれ!!」

少年は懐から数本のナイフを出し、少女に向かって勢いよく投げる。

「ちっ!」

即座にロッドでそのナイフを打ち落とす。

しかし、打ち落とした直後に後ろから二投目が来た。

少年は二回に分けてナイフを投げたのだ。

今度はロッドでは打ち落とせないほどの数で、飛んでくるナイフは周りにいたバーサーカーの急所にもバスバスと刺さった。

しかも灯摩やウィンリアには一撃も当たらないという神技である。

少女も例外ではなく、2本のナイフが右腕と左太ももに突き刺さった。

「―っくあ!!」

流石に痛かったのか、少女は悲痛の声を上げる。

その間に着地した少年は、ユーリンを抱き起こす。

「おい!…え〜っと…お前!しっかりしろ!!」

ガクガクと揺さぶるが、気を失っているユーリンには無駄な行為である。

「ったく!!おいそこのガキ!!何青い顔してんだよ?!」

少年が喜癒に叫ぶ。

「こいつらお前の仲間なんだろ?!ぼーっとしてる暇があるなら、少しはその“力”使ったらどうだ?!」

物凄い勢いで叫ばれ、喜癒はびくついてしまう。

少年はユーリンを抱えたまま喜癒に近付き、彼が胸元につけている十字架に手を触れた。

「これだ!お前気付いてねぇのかよ?この十字架、さっきからやべぇ気ガンガン出してんだぞ?!」

「え?!や、やべぇ気?!これが?」

驚いて喜癒は胸元から十字架を外した。

その途端、十字架が淡い光に包まれる。

そう、“あの”お披露目会前夜の時と同じ光である。

「うわ!!」

突然のことに、少年は目を手で覆う。

喜癒も十字架を持ったままあわあわとする。

その時喜癒の頭の中に誰かの声が響いてきた。

『キユ…私を呼べ…私の名を…。』

穏やかなその声は、一気に喜癒の緊張を解いた。

「………シャ…レム…?」

言われるままに、喜癒は誰かの名を呼んだ。

しかし本人は何故自分がその名を知っているのか分からなかった。

それを期に喜癒の手中の十字架が激しい光を放ち始める。

そして次の瞬間には、喜癒の身長より少し大きいくらいの長さの十字架に変化していたのだった。

「…これは…。」

『私がキユの力。例えキユに戦える技術が無くとも、私がお前を援ける。』

“シャレム”が喜癒にだけ語りかける。

喜癒はその言葉に勇気付けられ、十字架を両手でしっかり握り締めて立ち上がった。

「僕…やります。レキニア様の名のもとに…邪悪な異形の者に天誅を!」

できる限りの強い口調で喜癒は少女を威嚇する。

少女は自身に刺さったナイフを引き抜き、地に投げ捨てた。

「…天誅ですって?…ふざけないでよ。あんたの愛する神が、そんなに崇高な存在だって言うの?私は神なんか信じないわ。……バーサーカーだからね!!」

ロッドを振り回し、少女が勢いよく喜癒に向かってくる。

少年はまた懐からナイフを数本取り出した。

「お前、名前は?」

少年は喜癒に目をやりながら訊く。

「喜癒です。聖宮 喜癒。」

「俺は派様 利羅(はざま りら)。喜癒、お前はあの女。俺は周りの雑魚だ。」

喜癒は少年・利羅の言葉に、一度静かにうなずいた。

「暢気に名乗りあってる場合?!」

少女がロッドを振り下ろす。

その一打を利羅は軽々と避けた。

「遅すぎんダヨ!!この黒尽くめが!!喜癒、行け!!」

周りに残っているバーサーカーに向かいながら利羅が叫ぶ。

「神を冒涜した罪は重いです!!」

振りぬかれた十字架は、少女のロッドを上手く受け止めた。

力は互角と言ったところで、お互いに引かない。

武器はギチギチと異様な音をさせる。

「フフ…少しは手ごたえあるみたいね、坊ちゃん。…うっとーしいわ!!」

ロッドに力を込め、少女は後ろへと跳びのいた。

「黙って私達の餌になりなさい!!」

今度は突きの態勢で左斜めから迫ってくる。

「なりません!!バーサーカーのような無粋な物に、髪の毛一本だって差し出してやる気はないです!!」

しかしその攻撃も難なく防ぐ。

更にはじき返した勢いのままで、少女に十字架を振り下ろす。

「!!」

攻撃はまともに当たり、少女の腹部に確実にめり込んだ。

喜癒はそのまま体を回転させ、逆の腹にも同じように攻撃を加えた。

「――っがはっ!!」

少女の口から紅い何かが飛び出した。

「まだです。まだ足りません。」

喜癒は冷ややかな目でうずくまる少女を見下ろした。

彼の他者をしのぐ神への信仰心が、逆にそれを侮辱する者に対しての異常なまでの憎悪になっていた。

「………フッ…フフ…。」

しばらくの沈黙の後、突然少女が笑い始めた。

そしてもう一度口から紅い物を吐き捨てる。

「何が可笑しいんですか?」

睨みを効かせて喜癒が問う。

「……神子が聞いて呆れる鬼畜ぶりね。さすがと言った所かしら。」

そう言って立ち上がる。

「そろそろ私の身体がやばそうだし、今回は見逃してあげるわ。その辺に転がってる奴等もね。まさか初日にこんなおもしろい奴等に会えるなんて思ってなかったもの…。楽しみが出来たって感じかしら?」

笑いながら、傷付いた右腕に左手をかざす。

するといままで付いていた傷が見る見るうちに消えていった。

「それじゃあね、聖宮 喜癒くん。それにその他の人間達♪」

「!待て!」

慌てて喜癒が少女を追おうとしたが、すでに少女の姿はその場には無かった。

「………一体…あのバーサーカーは…。」

呆然とした様子で喜癒は呟いた。

「…!利羅さん?!」

しかしすぐに我に返り、戦っているはずの利羅の方を向く。

けれどそこには利羅がただ一人で立って、俯いているだけだった。

「消えちまった。あの女と一緒に。」

不思議そうな喜癒の表情を見て取ったのか、利羅はお手上げのポーズをしながら説明した。

「……利羅さん…。あの…。」

「待て。」

喜癒が真剣な顔で利羅に話し掛けようとすると、利羅は喜癒に手のひらをつきつけた。

「絶対ぇ話長く難しく複雑になるだろ?まずはこいつらを何とかしないとな。」

彼のもっともな言い分に、喜癒は黙って頷いた。

喜癒が了承したのを確認すると、利羅はまず近くに倒れたままになっていた灯摩に近付いていった。

腕や脚に複数の傷があるものの、時折指先が動き意識もちゃんとしている。

「大丈夫かよ?兄ちゃん。」

利羅の声に、灯摩は薄っすらと目を開いた。

「……誰だ…?」

「俺は派様 利羅。少なくともあんたの敵じゃねぇからそんなに睨まなくてもいいぜ。俺はあんた達を助けたい。あんただって、こんなとこで一生を終わらせたくないだろ?…重要なこと訊くぞ。あんたは立てるか?」

真剣な利羅の言葉に、灯摩は一度浅く頷いた。 利羅に差し出された手を取り、彼に手伝ってもらいながら重々しく起き上がる。

その後は利羅の手を離れ、木に寄り掛かりながらも自力で立ち上がった。

「お見事〜。さて、問題はこっちの二人だな。」

頭をかきながら利羅が振り返る。

視線の先には木に寄り掛かるように倒れているウィンリアと、地面に転がっているままのユーリン。

どちらも気を失っており、発育途中のうら若き少女だ。

すると灯摩はふらふらと歩き始め、一直線にウィンリアに向かったと思ったらそのまま彼女を担ぎ上げ転がっている弓も拾い上げた。

「ユーリンちゃんのことは頼む。ウィンリアは俺が責任を持って運ぶ。」

自身もボロボロなのに、誰よりもウィンリアを気遣っている。

「……分かった。喜癒、ここから一番近い病院とか知らないか?」

ユーリンを背負いながら訊く。

「あ、えっと…。!森を抜けてしばらく歩けば、趣診療所っていう病院があったと思います!そこに行ってまず手当てを!」

十字架を握り締めたまま喜癒は慌てて応えた。

「趣診療所か…。そうだな。あそこの医者なら大丈夫だ。…行こう。」

何度もフラフラとよろけながら灯摩は歩き出した。

「……よくやるよなぁ…。」

そんな灯摩を支えるように寄り添いに行った喜癒に続いて、一度ユーリンを背負いなおした利羅も歩き始めた。

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

第四話開始です。

前回からの戦闘の続きになりました。

そして新キャラ利羅くん登場&喜癒くん堂々の(?)覚醒お披露目。

でもちょっと印象薄くなりました…。

大切なとこなのに…。



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