「この馬鹿灯摩が!!」
診療所の一室で一人の青年が叫んだ。
体中に包帯を巻いた姿の灯摩は、怒られて浮かない顔である。
周りではユーリンやウィンリアが青年と灯摩のやりとりをおろおろした様子で見守っている。
白衣を着た医者と思われる青年は、近くにあった椅子にドカッと腰掛けた。
「昔っから言ってるだろがよ。無茶だけはすんなって。気ぃ失ってたけど、傷はウィンリアよりお前の方が何倍も酷かったんだぞ?!自分の身体の心配も少しはしろよな!」
怒鳴ってはいるが、それは灯摩への心配の裏返しである。
そこへ利羅と喜癒、そしてピンクのナース服を着た看護師と思われる女性が入ってきた。
「ちょっと夏南(かなん)、それくらいにしなさいよ。あんまり大声出したら、皆の傷にひびくでしょ?」
テーブルにガーゼや包帯を置きながら、女性は冷静に言った。
夏南と呼ばれた医者の青年は、バツの悪そうな顔をする。
「だってよ?千早(ちさ)…。灯摩はこれくらい言わないと…。」
「ここにいる患者さんは灯摩くんだけじゃにゃいでしょが!!」
ポコッと軽快な音をたてながら、千早と呼ばれた看護師は夏南の頭にパンチを喰らわした。
「っってぇぇえ!」
対してオーバーリアクションをしてみる夏南だったが、千早はそんなことは無視して灯摩の方に歩いていった。
「さて、非常識夏南はほっといて。利羅くんと喜癒くんから聞いたわ。あなた達なかなか悲惨な目にあったのね。」
彼女の一言で、ウィンリアもユーリンも少し顔色を悪くした。
「自我をもったバーサーカーなんて。信じられないわ…。」
「……でも、あの子は人間じゃなかったわ。」
ウィンリアが呟くように言う。
「私は見たことない。あんなにバーサーカーに懐かれてる人間なんか。それに私たちを食べようとしてた。そんな人間がいた方が不思議だと思う。絶対に。」
恐怖を思い出しながらか、いささか身体を震えさせている。
千早はそんなウィンリアに近寄ると、優しく彼女の身体を抱きしめた。
「分かってる。あなた達の身体の傷を見たんだもの。ちゃんと分かってるわ。」
ふんわりと頭を撫でながら、ウィンリアを落ち着かせる。
「それにしても、不吉だよなぁ。そんな訳の分かんないバーサーカーまでいるなんてよ。」
態勢を整えつつ夏南が言う。
「………なぁ…灯摩。…まるでさ…。」
そのまま灯摩に視線をやり、何かを言いかける。
しかし灯摩はそれを遮るように無言で立ち上がり、部屋から出る態勢になった。
「あ、おい!お前何処行くんだよ?!」
夏南が焦って止める。
「何処って…トイレだよ。手離してくれ。」
けれど当の灯摩は不機嫌な顔で振り返り、つっけんどんに言うと部屋から出て行った。
『……………。』
普段は戦うときにしか厳しい顔にならない灯摩の睨みの効いた表情に、一同は一時動きを止めてしまった。
その中で一番に動いた千早は、夏南の耳元で何かを呟いた。
ウィンリア達には何を言ったのか聞こえなかったが、言われた夏南は気まずそうに頭をボリボリかくと灯摩を追うように部屋を出て行った。
「……千早さん。灯摩さんと夏南先生、どうかしたんですか?」
突然のことにびくつきながら喜癒が訊く。
しかし千早は苦笑して、はぐらかすだけだった。
――――――――――――――――――――――――
「おい待てよ灯摩!!」
廊下をツカツカ歩いていく灯摩の腕を、夏南は力を込めて掴んだ。
灯摩は仕方ないような顔で振り返る。
「何だよ。夏南。」
そのままの顔でそう訊く。
対して止めた夏南は俯くように顔を伏せ、灯摩の両肩をぎゅっと掴む。
「……ごめん。口がすべっちまって…。」
灯摩は黙ったままである。
「約束だったもんな。ウィンリアの前じゃ、絶対に“あの時”のことは言わないって。迂闊だった。」
その台詞に、灯摩は溜め息を一つした。
「…そこまで自分を責めなくていいって。中身までは言ってないんだから。俺が出て行ったのは、お前がまるで“あの時”みたいだって言いかけた時…本当にそれに相似してる現状が頭によぎって辛くなったからなんだ。…確かに似すぎてる。」
近くに置いてあった椅子に腰掛ける。
夏南も続いて隣に腰掛けた。
「…あれから16年たったんだよな。早かったよ。」
唐突に夏南が切り出す。
「ガキだった俺たちが、今じゃ大人になってさ…。赤ん坊だったウィンリアも、今じゃ立派な娘さん…だ。精神的に早いって感じても、やっぱ長いんだよ。16年は。」
「…………………。」
「…なぁ灯摩。」
黙っていた灯摩に夏南は目を向ける。
「…俺思うんだ。もう…お前が自分自身を責め続けるべきじゃないって。…とっくに時効は過ぎてるって。俺はもう、お前が辛そうな顔して生きてるのは見たくないんだよ。親友として…。」
悲しそうな顔で灯摩に訴えるように言う。
灯摩はそんな夏南と目を合わせようとしない。
「別にウィンリアにあの時のことを全部言えなんて言わない。ハンターの仕事をやめろとも言わない。…だから…だから…せめて。」
必死な様子で灯摩の右手を掴み、手首に巻かれていた包帯をほどく。
「!!夏南!!何するんだ!?」
包帯の下からは、古い火傷の傷が現れた。
今まで黙っていた灯摩が、焦った表情ですぐに左手で右手首を覆う。
「この傷はいつでも消せるって言ってるだろ!?言われなくても分かってる!お前はこの傷を自分への戒めにしてるんだ!!
確かにあの人にとどめを刺したのはお前かもしれない…でも…それまでの過程には俺“たち”も加担してた!何でお前ばっかりが長い間辛い思いしなきゃいけないんだよ?」
叫ぶ夏南に対して、ポケットからハンカチを出して傷を隠した灯摩はまた落ち着いた表情に戻った。
「…そう言えるのはお前が“他人”だからだよ。俺はお前のこと大切な親友だと思ってる。千早だってそうだ。でも…。」
ゆっくりと立ち上がり、天井を仰ぐ。
「“あの人”の血が入ってるのは、あの時戦った9人の中で俺だけだ。」
そう言い、また廊下を歩き始める。
今度は夏南は灯摩を止めることが出来なかった。
ただ俯き、「馬鹿灯摩。」と呟く事しか出来なかった。
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夏南&千早登場です。
すっかり大人になりました。(特に夏南)
灯摩の過去が明かされるのは、まだまだ先です。